鵜ヶ島台遺跡(読み)うがしまだいいせき

日本歴史地名大系 「鵜ヶ島台遺跡」の解説

鵜ヶ島台遺跡
うがしまだいいせき

[現在地名]三浦市三崎町小網代 戸張

油壺(あぶらつぼ)湾と小網代(こあじろ)湾に挟まれた細長い台地の北側にある、縄文時代早期の鵜ヶ島台式土器の標式遺跡。明治年間(一八六八―一九一二)に発見されていたが、第二次世界大戦後に開墾されて畑地となり、多くの土器が採集された。早期の茅山(かやま)貝塚(現横須賀市)出土土器と区別されて鵜ヶ島台式土器と名付けられた。文様は貝殻条痕文の上に沈線と刺突文による文様を構成し、器形は段とくびれ部をもつ平底の深鉢形である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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