先土器時代の
「日本書紀」持統天皇六年五月七日条に「相模国司、赤烏の雛二隻を献れり。言さく、「御浦郡に獲たり」とまうす」とみえ、さらに七月二日条に「相模国司布勢朝臣色布智等・御浦郡少領姓名を闕せり。と、赤烏獲たる者鹿嶋臣樟とに、位及び禄賜ふ。御浦郡の二年の調役服す」とある。天平七年(七三五)閏一一月一〇日の相模国封戸租交易帳(正倉院文書)には、御浦郡に
郷を中心に一一世紀には
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報