小網代村(読み)こあじろむら

日本歴史地名大系 「小網代村」の解説

小網代村
こあじろむら

[現在地名]三浦市三崎(みさき)町小網代

北は三戸(みと)村・下宮田(しもみやだ)村・菊名(きくな)村に接し、南は諸磯(もろいそ)村と接し、東は字高山(たかやま)を中心とするなだらかな丘陵で金田(かねだ)村と接する。西の相模湾側は小網代湾・油壺(あぶらつぼ)湾が深く湾入し、曲折に富む海岸線をなす。

建武二年(一三三五)九月二七日の足利尊氏充行下文(県史三)に「三浦内網代」とあり、中先代の乱の恩賞として三崎(みさき)などとともに三浦高継に宛行われている。小田原衆所領役帳の天徳院「卅一貫七百五拾五文 三浦細代」は当村という。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む