鶴牧藩陣屋跡(読み)つるまきはんじんやあと

日本歴史地名大系 「鶴牧藩陣屋跡」の解説

鶴牧藩陣屋跡
つるまきはんじんやあと

[現在地名]市原市椎津

鶴牧藩主水野氏の陣屋跡。文政一〇年(一八二七)水野忠韶は一万五千石の所領を上総国市原郡・望陀もうだ郡に移したとされ、丹波国氷上ひかみ郡内などにも加給地が置かれた(鶴牧藩大概帳)居所も安房北条ほうじよう(現館山市)より市原郡椎津しいづ村に移した。居所は椎津城跡の一万六千九三九坪で、江戸藩邸の所在地早稲田わせだの鶴牧(現東京都新宿区)に由来するという(市原郡誌)。陣屋とその周辺に武家屋敷を配したにとどまったが、城主格であるため城と称するように命じた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

貨幣 (名目) 賃金額を消費者物価指数でデフレートしたもので,基準時に比較した賃金の購買力を計測するために用いられる。こうしたとらえ方は,名目賃金の上昇が物価の上昇によって実質的には減価させられている...

実質賃金の用語解説を読む