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鷹司輔平 たかつかさ すけひら

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美術人名辞典の解説

鷹司輔平

江戸後期の公卿。基輝の男。号後心空院。兼香公の養子となり相続。宝暦六年内大臣、続いて右大臣左大臣、関白となり寛政9年出家。文化10年(1813)歿、76才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鷹司輔平 たかつかさ-すけひら

1739-1813 江戸時代中期-後期の公卿(くぎょう)。
元文4年2月8日生まれ。直仁(なおひと)親王の第3王子。一条兼香(かねか)の養子となり,のち跡つぎのいない鷹司家をつぐ。宝暦13年従一位。天明7年から寛政3年まで関白。寛政元年光格天皇の父典仁(すけひと)親王への太上天皇尊号宣下を幕府に諮問したが,松平定信の反対で実現しなかった(尊号一件)。文化10年1月8日死去。75歳。幼名は淳宮(あつのみや)。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

鷹司輔平

没年:文化10.1.8(1813.2.8)
生年:元文4.2.8(1739.3.17)
江戸中期の公家。閑院宮直仁親王の第3王子,淳宮と称す。寛保3(1743)年10月桜町天皇の猶子となり,関白一条兼香の養子に入り,鷹司基輝没後後嗣がいない鷹司家を相続した。天明7(1787)年3月関白に補任される。寛政3(1791)年8月職を辞した。同1年,光格天皇の実父閑院宮典仁親王への尊号宣下を巡る朝幕間での確執に際し,老中松平定信の意向を受け,その中止を天皇へ奏上した(尊号事件)。関白辞職はこのことと関連するものである。<参考文献>京都市編『京都の歴史』6巻

(藤田恒春)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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