鹿戸村(読み)かのとむら

日本歴史地名大系 「鹿戸村」の解説

鹿戸村
かのとむら

[現在地名]東庄町笹川(ささがわ)ろ

須賀山(すかやま)村の東、利根川右岸に位置する。竜神山(りゆうじんやま)砦ともよばれる鹿野戸(かのと)砦が築かれていたとするが未詳。天正一九年(一五九一)七月一〇日の香取郡東庄郡之郷枝鹿戸村野帳(鹿野戸区有文書)では田方は反別二四町五反余(うち下田一三町八反余)・高二三三石余、畑方は反別六町一反余(うち屋敷二町八反余)・高四四石余で、名請人七九、うち所持高三石未満は四七人、屋敷持四〇人。元和三年(一六一七)の知行宛行状に東庄のうち鹿戸村とみえ、当村など五村合せて一千一五二石余(うち七二石余は開発地)が旗本石河領になっているが、寛永九年(一六三二)の知行書上(青柳家文書)では石河領の鹿戸村は高二八二石余・新開三九石となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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