鹿見村(読み)ししみむら

日本歴史地名大系 「鹿見村」の解説

鹿見村
ししみむら

[現在地名]上県町鹿見

仁田飼所にたかいどこ村の南西に位置する。から崎の内側にあり、北向きの浦に臨む。中世伊奈いな郡のうちで、暦応三年(一三四〇)二月一二日のすへつな譲状案(阿比留家文書)に「ししに」とみえるのが当地と考えられ、同所の屋敷・畠が「なめにた一たん」「すのをやのしものさへ」「みやかわらはゝふん」などとともに「ためつなかくにいへ」に譲られている。応永八年(一四〇一)「対馬島内しゝみかま」(塩焼竈であろう)が宗美濃彦六に給分として宛行われた(同年二月七日「宗貞茂宛行状」仁位郷判物写)。「海東諸国紀」では「是時未浦三十余戸」とあるのが当地とされる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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