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麻績王 おみおう

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朝日日本歴史人物事典の解説

麻績王

生年:生没年不詳
7世紀末の王族。天武4(675)年に因幡(鳥取県)に流罪になった人物,時に三位とある。同時にふたりの子が伊豆嶋(東京都大島町)と血鹿嶋(長崎県の五島列島)に流されたとする。また『万葉集』には天武天皇の代に麻績王が伊勢国伊良虞の島(愛知県渥美町の伊良湖岬,あるいは鳥羽市の神島)に流されたとき,時人が詠んだ歌とそれに応えて麻績王が詠んだ歌が収録されている。また『常陸国風土記』にも天武天皇のとき麻績王が流された土地として常陸国行方郡板来村(茨城県潮来町)をあげている。このように麻績王配流の地については諸説があって不明とせざるをえない。麻績王が流罪になったという記録があって,それが各地の流人伝承となって流布したためと考えられる。

(鬼頭清明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

おみのおおきみ【麻績王】

7世紀の王族のひとりで歌や説話に伝説化された人物。《日本書紀》天武天皇4年(675)4月条に,〈三位麻績王,罪あり。因幡(いなば)に流す。一子を伊豆の島に一子を血鹿(ちか)の島に流す〉との記事があるが,《万葉集》巻一は,麻績王が伊勢の国の伊良虞(いらご)の島に流されたおり,人が悲しんでよんだ歌および王がそれに答えた歌を伝えている。また《常陸国風土記》の行方郡板来(いたく)条には,天武天皇の世に麻績王がここに追放されていた旨の記事がある。

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