航海という言葉のもつ意味は,船で海を航行することであり,また出発点から目的地までの海を渡ることである。この航海に対応する英語のnavigationの意味は,語源から見ると船を動かすこととか導くこととなるが,ほとんど航海との差はないといってよいだろう。しかしnavigationに対応する日本語には航海と航法があるので,逆に航海と航法を区別しなければならないこととなる。両者に判然たる差があるわけではないが,強いていえば,航海技術あるいは技術的に見た航海に対して航法という言葉が用いられている。航海の一状況に対応して航法といわれる航海技術が存在するので,見方を変えれば,航海と航法は表裏一体の関係にあるといえよう。
航海という行動を構成している要素は,船,運航者,航海技術および環境があげられる。これらの要素を用いると航海は次のように述べることができる。すなわち移動体の主体である船を,運航者は,目的を達成するために蓄積された航海技術を駆使して,与えられた環境(援助システムなどを含む)のもとに動かすこととなる。ここに形成される行動が航海である。
船は,運航者にそれ自体の情報およびセンサーなどによって得た情報を伝達し,運航者はこれらの情報と自身のもっている航海技術により船を操縦することとなる。運航者は感覚器をもっているので,環境から直接情報をとり出すこともあるし,外部システムなどの環境からは通信系を介して受けとることとなる。なお,船,運航者および航海技術をシステム的にとらえて,船舶システムとか航海システムという名称で呼ばれることが多い。
航海の発達は,大別すると,まず見える到達点への航海段階,続いて見えない到達点への段階を経て,さらに高精度,高効率を求めての段階へと発達してきたということができる。
古代の船は,波,潮流などの外力のないときはだれでも操縦できる反面,外力のあるときはまさに外力まかせとなっていたと考えられるので,つねに陸地にとりつける範囲で航海をしていたと推定される。このような技術でも,陸伝いにかなりの遠方まで航海できたであろうし,湾曲したところでは,目的地への直行航海もその延長線上のものとして可能となったと考えられる。こうして航海の範囲が広くなっていったのであろうが,地中海では,島伝いを含めた島々の利用に加えて,太陽の出没方位が方向の基準として用いられるようになっていった。フェニキア人は,前数世紀ごろから地中海を自由に航海していたが,これは夜間,こぐま座を利用して方位を定めることを知っていたためであった。しかしこの技術は,フェニキア人によって秘法とされていたので,ギリシア人の手によって明らかにされるまで,一般には広まらなかった。さらに陸地の見えない海の中でも,鳥の移動方向や雲の発生状況から陸地の方向を推定することにより,航海をよりしやすいものとしていたようである。
一方,ミクロネシア,ポリネシアでの航海は,古代の地中海のそれと同様とはいえ,基本的には島伝いであった。しかし大洋の中であるので,方向を定めることは簡単ではなく,これを乗り越えるために,種族の財産である海図を長い年月の経験からつくり上げ,利用していた。この海図は島を示す貝,方向を示すヤシの棒の組合せでできており,全群島を示す総図的なもの,一部の群島を示すもの,それに距離などを示したものの3種である。これらによって2000カイリもの大航海も行っていたようである。
中世の航海は,交易の担い手となっていたイタリア人,南フランス人などやバイキングを中心として行われた。また十字軍の遠征も航海に依存していたので,航海の重要性が社会に受け入れられるようになっていった。地中海の航海に対しては,フェニキア人やギリシア人が蓄積してきた航海情報をまとめた水路誌のような本がつくられていたが,この時代になると,航海の実績をもとに改訂版がかなり作成された。また地図(海図)作成が盛んとなり,地中海をはじめ,インド洋,アフリカ南方海岸についてもつくられ,航海の精度をあげるのに役だつものとなっていった。
このような航海の情報の質的向上に加えて,航海の方法を大きく変えたものとして,中世後半の磁気コンパスの導入があげられる。中国の指南針がこれにあたるが,曇天などのときに,北極星などによる方向を定めるのに使用されたようである。中国から伝わったものなのか,あるいは独自に開発されたものなのかは断言できないが,磁気コンパスはしだいに各地で使用されるようになり,方向の定め方に大きく影響を与えたことは確かであった。
日本では,7世紀ごろの大航海といえば,遣唐使船などによる中国への航海であった。渡り方としては,北九州から壱岐,対馬を経て朝鮮に渡り,そこから沿岸伝いに中国へ渡る方法と,北九州から一路西方に向かい,直接中国へいく方法とがあった。とくに後者の方法では,航海を完了するためには航海の開始時期,すなわち季節を選択することが重要な要素であったが,十分なデータがないため,季節の選択をまちがえた例がかなりあったようである。
新世界の幕あけが間近となってきた15世紀初め,ポルトガルのエンリケ航海王子は,航海技術の発展および未開地の探検を精力的に推し進めた。そのころ船は大型化し,耐航性が増し,舵は固定舵となり,またラテン帆の導入で,推進効率が向上しており,それ以前に比べより外洋に出られるようになっていた。このような背景の下でエンリケは,キリスト教世界の拡大を一つの動機として,航海技術の教育,新世界の探検のために力を注ぎ,それは,具体的にはバスコ・ダ・ガマによる喜望峰を越えての航海,コロンブスによるアメリカの発見,マゼランによる世界周航の達成へと継承されたのであった。
この時代には,磁気コンパスは有効な計器となっていて,小縮度ではあるが当時の地図とともに探検の有力な道具であった。ただしこの当時は,ある地点への航海のためには,さまざまな情報をもとに作成した地図により,その地点の方向を定め,単に磁気コンパスあるいは天体によって日々の針路を決めるといった方法がとられたようである。このことは,距離について考えられなかった時代の航海としては当然であろう。一説にはコロンブスがもし中国までの距離を知っていたならば航海へ出なかったであろうともいわれているが,これも十分考えられることである。このほかに,アストロラーブやヤコブススタッフ(ヤコブの杖)による太陽の正午高度や北極星の高度測定から緯度を知る技術も実用となっていたが,平穏な海上か,あるいは陸上でしか役だたなかったようである。経度については月食を利用する方法が用いられていたが,常時月食が起きるわけではなく,これもあまり役だつということにはならなかった。天体を利用して位置を知るためには,天体の正確な予想位置を記した暦が必要となるが,これについては15世紀末にドイツの天文学者によってつくられ,以後,測定緯度の精度は向上している。
近代的な航海は,位置を精度よく測定することに始まるといっても過言ではない。古くから,ある点の緯度,あるいは経度を測定する原理はわかっていたものの,具体的な測定方法と測定器械の開発が不十分であったため,19世紀になるまで一般的な位置の決定法は確立しなかった。
なかでも長年問題となっていた経度については,月と他の天体との運行速度の違いを利用した月距法により測定できると思われたが,一つの重要な要件である正確な時刻の測定が可能になった18世紀半ばまでは,現実には解決されなかった。すなわちJ.ハリソンによる高精度の時計,いわゆるクロノメーターの開発がこの問題の解決の大きな推進力となった。経度の測定でなぜ正確な時刻が必要かといえば,船の位置は,位置のわかっている天体の高度を観測して求めるが,この天体の位置はあらかじめ計算して天体暦(航海暦)に記載してあり,これがすべて世界時を基準としているので,正確な天体位置は正確な世界時を知ることが必要となるのである(一般に4秒の時間誤差は,経度1分の誤差を生む)。
このようにして,緯度と経度はそれぞれ求めることができるようになったが,位置の扱い方を飛躍的に向上させたのは,1837年のT.H.サムナーによる位置の線(サムナー線)の発見であった。位置の線は,測者(船)を含む特定曲線であるが,このサムナー線は,フランスの提督M.サン・ティレールにより実用化が示され,位置の線が航海の技術の中心の一つとなると同時に,近代航海の幕あけをもたらしたといえよう。
一方,日本では室町時代の遣明船は,内航船の改良型であったし,航海技術も,地文航法であり,航洋の航海技術が確立するには若干時間を必要とした。有名な伊達政宗が派遣した遣欧使節船も,日本人の航海士は1人もいなかったことからも,そのことがわかる。しかし,17世紀に入ると,《元和航海記》をはじめ天文航法を含む航海書が出され,航洋時代の訪れとなった。これに加えて内航船であった弁才船が帆走専用化したことをはじめ,大型化や舵の改良などが航洋航海の素地をつくったことは確かなようである。このころの航海計器としては,象限儀,コンパスおよび日時計などがあげられる。この時代は,ようやく西洋航海術に触れることができたとはいえ,西洋人の航海士が徹底した秘密主義をとったため航海術の習得に長い年月を必要とし,実際にはこれをやっと実用化したにとどまり,大きな飛躍は明治維新以後まで待たなければならなかった。
→航法 →大航海時代
ある海域を航海するためには,その海域がもっている性質や特有な現象に対応した技術や配慮を必要とする。この対応の内容の違いに類別しなければならないほどのものがあることから,航海を分類することが行われるようになった。
航海を大別すれば,一般航海と特殊航海の二つとなる。一般航海は,通常の航海に見られる海域の特徴によって,さらに区分けされ,狭水道航海,沿岸航海および大洋航海の三つから構成されている。一方,特殊航海は,通常の航海には見られない海域の特徴あるいは現象によって区分けされ,礁海航海,極海航海,荒天航海,狭視界航海などがある。これらの航海について,特徴を中心として,以下に概略を述べることとする。
狭い海域での航海で,広い海域に隣接していることから多くの場合船が多数存在することとなる。ここで航海するためには,あらかじめ,地形,針路,海・気象状況などを十分調べておくとともに,その場では,他船(漁船を含む)や地物,浅瀬などの避航を最重点項目としなければならないので,海図などの情報源を見ないですむようにしておく。また避航に必要なエンジンの使用を容易とするため,機関室をスタンバイ状態としておき,必要に応じ,投錨(とうびよう)も可能とするようにしておくことが要求される。なお,航海上重要なところには,航路が指定されている。
ほぼ海岸に沿うように航海する。この航海は,陸地からあまり離れていないところで行われるので,他船の数は狭水道航海のときより少なく,また地物などは避航するよりは位置測定のために利用することが多くなる。日本沿岸をはじめ船の交通量の多い沿岸では,航路分離帯が用意され,できるだけ行会いの機会を少なくするようにしている。沿岸航海ではレーダーの利用効果が大きい。
大洋を航海するので,陸地はまず目に触れることはない。位置決定は,いわゆる天文航法や電波航法によることになる。この大洋航海でもっともたいへんなのは,航路の選択の自由度が大きいので,最適と考えられる航路をどう選ぶかである。
多数のサンゴ礁の点在する熱帯海域は,ほとんど航海することはない。このため航路標識もほとんどないし,海図上の記載事項が不正確であったり,また暗礁などはまったく記載されていないこともあるので,一般の航海に比べ必要以上と考えられるほどの安全対策を要する。昼間は海水の色変化,波の発生状況などによって浅礁がわかるが,夜間は,波の音を聞き分けることを含めた見張りの充実と海流や気象の変化にすばやく対応できるようにすることが要求される。
一般に極海では,氷山や流氷によって航海がかなり妨げられ,また氷山との衝突,乗揚げ,あるいは氷山間に閉塞されたり,流氷による船体およびプロペラの損傷,吸水管の閉塞,測程儀の損傷などが起こりうる。氷山などには,予報や警報を利用して近づかないのが良策であるが,遭遇したならば,氷山などの風下側を大きくまわって避航すべきであるし,狭視界などのため状況がよく把握できないときは,把握できるまで行動を停止することも要求される。
船が荒天に遭遇すれば,転覆,難破,浸水などの事故が起こることもでてくる。そこでまずとるべき策は,迂回航路をとるとか避泊することで,荒天との遭遇を回避することである。しかし遭遇を余儀なくされたならば,波浪により露出したプロペラの空転を避けたり,海水の奔入や波浪による船体への衝撃を少なくするために,針路の調整,速力の減少,小角度の操舵などの対応が強いられることになる。
霧などをはじめとする気象現象により,極端に視界が狭まったとき(視程が2カイリ以下のとき)には,船などとの衝突,あるいは乗揚げを避けるために,速力の減少や見張りの強化がとられる。レーダーの出現以来,位置決定や他船の発見が容易になってきたことは事実である。しかし現状では,視界が良好なときと同じ航海ができるほど,レーダーの能力はなく,ときには,レーダー過信によっての事故が起こることさえある。
航海は出発点から始まり到達点で一つのくぎりとなるが,この間に展開される過程やその過程を支えている方法のおもなものは,出港準備,出港,見張り(監視,計測などを含む),操船,位置決定,針路修正などであり,これらの概要を以下に述べる。
出港準備にはさまざまな内容があるが,主要なものとして必要な食料,水,燃料および船用品の積込み,貨物の積卸し,積込みおよび管理,設備・装置の整備,運航者の交替などがあげられる。これらのほかに,航海の経路の目標値となる航路の選定が重要なものとしてあげられる。この航路選定法は,1960年代からウェザー・ルーティングなどの名称で呼ばれている。この原理は,(1)天気図,予想天気図,波浪(現況)図から予想波浪図を作成する,(2)出発点から到達点までを含む海域の予想波浪図に対して,あらかじめ求めておいた波浪(波高と波向)に対する船の速力特性を適用して,任意の針路に対する任意の場の速力を求める,(3)考えられる経路のうちもっとも短時間の経路を選ぶの三つに基づいている。これらはすべてコンピューターを駆使して処理されるが,この処理には専門機関があり,有料でサービスを受けられる。
出港準備が完了すれば出港となるが,必要であれば水先人により嚮導(きようどう)してもらい,また引船を利用することとなる。これから入港までが航海状態となり,停泊状態と区別される。
航海状態の最初の過程が見張り,監視というわけではないが,もっとも典型的な過程群を考えれば,この見張り,監視をもってきてよい。見張りは船外の状況を把握するためのものであり,監視は主として船内のためのものと考えてよい。見張りなどによって異常を認めた場合は,その異常が船に及ぼす影響をできるかぎり少なくするための対応策(例えば避航動作,落水者救助活動,防火活動,防水活動など)を決め,それを実行することが運航者に要求される,見張りは主として双眼鏡を用い,ときにはレーダーを用いて行い,監視にはさまざまな計器を利用することが多い。
船の進路および速力制御を行い,船を所定のところに占位させることを操船という。避航するとき,あるいは入出港するときなどを除き,速力はある一定レベルを保つようにしているので,一般航海では,与えられた針路を保持するよう操舵することが操船の主要な内容となる。大洋航海中では自動操舵(オートパイロット)によることが多い。針路は1度単位で保持されるが,舵角は,一般には5~7.5度,15度,30~35度の3段階のいずれかがとられる。速力の変更は,ノット単位で行うことはなく,前進または後進の別なく全速,半速,微速,極微速および停止の5段階のいずれかによって行われる。ただ船は質量が大きいので,所定の速力に達するまでの時間が大きいことを考慮して,速力段階を選択しなければならない。操船のむずかしさは,船が質量の大きい剛体であること,海潮流,風,あるいは海底地形の影響を受けやすいこと,運航者の判断が自動化しにくいことにあるといってよい。
船が所定の予定航路上にいるかどうかを知ることができれば,操船によって適切な行動がとれることとなる。そのために必要な過程が位置測定である。位置測定は,沿岸航海では交差方位法,レーダーなどによって15分ないし30分ごとに行う。また大洋航海では,天体観測による場合,星では薄明時,太陽では正午を含めて2~3回行い,電波航法方式を用いる場合は適時行うのが実務である。測定された位置は,必ず測定誤差が含まれているので,この誤差量を推定しておかなければならない。誤差を考慮した位置が,予定航路上からどの程度ずれているかを知ったうえで,予定航路上を航海するにはどのような針路をとったらよいかを決める。これが針路修正過程である。
到達点に近づけば,入港の準備および入港に必要な処理がとられる。行動的に見れば,出港のときと同様,適当な場所から水先人を乗船させ,また引船の助けを借りることとなり,停止地点まで船が導かれる。
船は昼夜の区別なく航海を続けることとなるので,1日を0~4時,4~8時および8~12時の3直に分け,3チームの運航者が交替で当直をしている。しかしM0(エムゼロ)船と呼ばれる船では,主として大洋航海中,夜間は機関部関係の当直はしていない。機関に問題あるときは,当番の運航者がこれにあたるようにしている。
天候などの理由で航海を一時中断したほうがよいことがある。このときは,もよりの港湾あるいは入江などに仮泊することとなる。このことは,予定航路からの離路となり,台風などのときは避泊ともいう。また台風などのとき,かならずしも港湾などに避難するとは限らず,海上で避けることもあり,このときは避航と呼んでいる。
→航法
執筆者:杉崎 昭生
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…エジプトは大きい木の育たない土地だったから,多数の小さい木材を接ぎ合わせて船を作った。前3000年ころからエジプト人は東地中海を航海するようになり,フェニキア(現在のレバノン地方)から杉材を輸入して大型船を作ったが,構造様式はあまり変わらず,他の地方の船とは異なっている。推進方法は初めは櫂(パドル)でこぎ手は前を向いているが,新王朝の大型船では橈(オール)になる。…
※「航海」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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