麻良城跡(読み)まてらじようあと

日本歴史地名大系 「麻良城跡」の解説

麻良城跡
まてらじようあと

[現在地名]杷木町志波

戦国期から江戸時代初期にみえる城。左右良(まてら)城とも記す。現杷木町志波(しわ)と朝倉町山田(やまだ)の境界に位置する麻底良(まてら)山(二九四・九メートル)に所在した。秋月種実に属し、城番に吉瀬因幡・同主水が置かれたと伝える(続風土記)。永禄一二年(一五六九)と考えられる閏五月二一日付大友宗麟書状(問注所文書/福岡県史資料一〇)によると、問注所善聴が永禄一〇年以来左右良城を修築して在番を勤めており、当時は大友方の属城となっていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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