日本歴史地名大系 「黄牛村」の解説
黄牛村
きうしむら
北上川左岸にあり、南は柳津村、東は舟一・小
舟一・渡舟二があった。人頭七七人のほかに「高屋松安様御家中十九人」とあり、初め仙台藩着座医師高屋喜庵知行地で、承応元年(一六五二)から分家高屋快庵の知行地となる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
北上川左岸にあり、南は柳津村、東は舟一・小
舟一・渡舟二があった。人頭七七人のほかに「高屋松安様御家中十九人」とあり、初め仙台藩着座医師高屋喜庵知行地で、承応元年(一六五二)から分家高屋快庵の知行地となる。
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