黒杭村(読み)くろくいむら

日本歴史地名大系 「黒杭村」の解説

黒杭村
くろくいむら

[現在地名]湯原町黒杭

藤森(ふじもり)川中流域に位置し、本流沿いおよび深(ふか)谷・大畑(おおはた)谷の谷間に集落が散在する。東は小童谷(ひじや)村、西は藤森村、南は種(たね)村桑瀬(くわぜ)分。正保郷帳によれば田高九一石余・畑高四一石余、元禄一〇年(一六九七)の美作国郡村高辻帳によれば改出高七四石余・開高一七石余、元禄初頭の家数三八・人数二〇五(作陽誌)。領主の交替は仲間(なかま)村に同じ。字黒杭に曹洞宗大林(だいりん)寺がある。露松山と号し、慶長年間(一五九六―一六一五)播磨国守護赤松則村の後胤進五郎左衛門が荒廃した天台宗真福寺を改宗、再建したと伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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