黒沢尻村町分(読み)くろさわじりむらまちぶん

日本歴史地名大系 「黒沢尻村町分」の解説

黒沢尻村町分
くろさわじりむらまちぶん

[現在地名]北上市本通りほんどおり一―四丁目・九年橋くねんばし一―三丁目・大通おおどおり三―四丁目・新穀町しんこくちよう一―二丁目・本石町ほんごくちよう一―二丁目・柳原町やなぎはらちよう一―二丁目・鍛冶町かじまち一―三丁目・有田町ありたちよう常盤台ときわだい一―四丁目・芳町よしちよう大曲町おおまがりちよう・黒沢尻町 町分など

南流する北上川の右岸、標高六〇メートル以下の微高地とわずかな氾濫原上に立地し、東は奥州街道を挟んで黒沢尻村里分さとぶん。南村境を東流する北上川支流の和賀川自然堤防上には縄文時代晩期の九年橋遺跡がある。古くは里分と一村で黒沢尻村と称された。慶長九年(一六〇四)奥州街道が北上川右岸沿いを通るようになると、黒沢尻の大萱立を開発して町屋敷を割付け(「本町検断諸用留帳」小沢文書)、奥州街道両側にまたがるほん町が新設された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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