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黒田麹廬 くろだ きくろ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

黒田麹廬 くろだ-きくろ

1827-1892 幕末-明治時代の洋学者。
文政10年3月生まれ。近江(おうみ)(滋賀県)膳所(ぜぜ)藩の儒官黒田梁洲(りょうしゅう)の子。緒方洪庵,伊東玄朴に蘭学をまなぶ。慶応元年藩校遵義堂督学。嘉永(かえい)3年ごろデフォーの「ロビンソン=クルーソー」を「漂荒紀事」と題して日本ではじめて翻訳した。明治25年12月14日死去。66歳。名は行元。字(あざな)は大道。通称は行次郎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

黒田麹廬

没年:明治25.12.14(1892)
生年:文政10(1827)
幕末明治の洋学者。膳所藩の儒者黒田粱 洲 の次男。通称,行次郎。麹廬は号。天保14(1843)年緒方洪庵の適塾に入門。江戸留学中の嘉永3(1850)年ごろ,イギリスの作家D.デフォーの『ロビンソン・クルーソー』蘭語全訳本によって本邦初訳『漂荒紀事』を完成,サムライ・ロビンソン像を描き出す。同5年帰藩後,藩校で蘭書を翻訳。文久2(1862)年幕府蕃所調所の改組に際し出仕。廃藩後は生活に窮し,多数の啓蒙書を著す。明治6(1873)年から同10年の間に京都東本願寺翻訳局で,古代インドバラモン教の聖典のひとつ『リグ・ベーダ』を英訳をもとに本邦初訳に従事。孤独の内に死す。<参考文献>平田守衛『黒田麹廬と漂荒紀事』

(松田清)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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