黒須村
くろすむら
[現在地名]入間市河原町・黒須一―二丁目・鍵山一―三丁目・宮前町・春日町一―二丁目・東町四―五丁目・豊岡一丁目・向陽台・黒須
扇町屋村の北にあり、北を入間川が東流する。東寄りを北流する霞川が北東部で入間川に合流する。東は入間川村、北は根岸村・篠井村・広瀬村(以上現狭山市)。入間川の根岸渡を経て根岸村に至る日光脇往還と同往還から西へ分岐して篠井渡を経て篠井村に至る江戸秩父道が通る。文明一八年(一四八六)一〇月頃に篠井観音堂に逗留した聖護院道興は、「くろす川といへる川」の鵜飼の光景を眺めて「岩かねにうつろふ水のくろす川うのゐる影や名に流れけん」と詠んでいる(廻国雑記)。蓮花院蔵千手観音像の天文一六年(一五四七)八月吉日の像内札には「武州入東之郡金子之郷黒須川村」とみえ、戦国期には黒須川村と称したらしい。永禄年間(一五五八―七〇)と推定される年未詳六月三日の北条氏康判物(山口県金子家文書)によれば、金子大蔵少輔・同新五郎知行地のうち本領分に黒須川村五貫文がある。寛永二年(一六二五)七月二七日、稲富宮内(重次)は黒須村六七石余と同所開発地分九石を宛行われた(「徳川家光知行宛行状」稲富家文書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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