龍ヶ峰城跡(読み)りゆうがみねじようあと

日本歴史地名大系 「龍ヶ峰城跡」の解説

龍ヶ峰城跡
りゆうがみねじようあと

[現在地名]津幡町上藤又など

倶利伽羅くりから峠の西方じようヶ峰(一九四・六メートル)に所在。山森やまもりより西へ峰伝いに約七〇〇メートル、南麓の上藤又かみふじまたより七〇〇メートル登りつめた地点に位置。城跡は江戸時代の北陸街道北側の高地にあり、城ヶ峰頂部に郭跡がみられ、下段部分からは湧水がみられたという(河北郡誌)。「三州地理雑誌」は「上藤又村山、東西一五間程・南北五間程、南に一段東西二六間程・南北一〇間程、西深谷・南ノ山脈は倶利伽羅峠往還道」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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