下伊方村(読み)しもいかたむら

日本歴史地名大系 「下伊方村」の解説

下伊方村
しもいかたむら

[現在地名]方城町伊方

伊方川下流左岸を中心とした村。北ははた村、西は上伊方村。江戸期の伊方村(上伊方村・畑村をも含む)としての動きと上伊方村・下伊方村・畑村への分村の経緯は上伊方村を参照。宝永七年(一七一〇)の村々万覚書(瓜生文書)では下伊方村は本高七〇九石余、竈数三六・人数一八六、牛馬二二。郷村高帳では高八三三石余、うち新田高六一石余。旧高旧領取調帳では高七九三石余。上伊方村の赤坂あかさか八幡社にある文久元年(一八六一)銘をもつ鎮邑神碑によると、弘化三年(一八四六)に田中完兵衛が畑村に竪岩たていわ(現在の立岩池)を築造して中原なかばる二四町歩を灌漑し、当村の新田開発を進めたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報