永井 進(読み)ナガイ ススム

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「永井 進」の解説

永井 進
ナガイ ススム


職業
ピアニスト 教育家

生年月日
明治44年 3月25日

出生地
東京

学歴
東京音楽学校本科器学部〔昭和8年〕卒

経歴
レオシロタ師事。昭和10年東京音楽学校嘱託。16年ローゼンストック指揮の新交響楽団と協演してデビュー。19年教授となったが、21年退職して演奏活動に入った。戦後27年再び東京芸大教授に復帰、日本ショパン協会副会長、音楽コンクール審査員のほか、38年ロン・ティボー・コンクール、45年ショパン・コンクールの日本人初の審査員を務めた。演奏のかたわらピアニスト松浦豊明、荒憲一、深沢亮子らを育てた。

没年月日
昭和49年 2月5日 (1974年)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「永井 進」の解説

永井 進
ナガイ ススム

昭和期のピアニスト,教育家



生年
明治44(1911)年3月25日

没年
昭和49(1974)年2月5日

出生地
東京

学歴〔年〕
東京音楽学校本科器学部〔昭和8年〕卒

経歴
レオ・シロタに師事。昭和10年東京音楽学校嘱託。16年ローゼンストック指揮の新交響楽団と協演してデビュー。19年教授となったが、21年退職して演奏活動に入った。戦後27年再び東京芸大教授に復帰、日本ショパン協会副会長、音楽コンクール審査員のほか、38年ロン・チボー・コンクール、45年ショパン・コンクールの日本人初の審査員を務めた。演奏のかたわらピアニスト松浦豊明、荒憲一、深沢亮子らを育てた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「永井 進」の解説

永井進 ながい-すすむ

1911-1974 昭和時代のピアニスト,教育者
明治44年3月25日生まれ。レオ=シロタらに師事し,昭和16年ローゼンストック指揮の新交響楽団(現NHK交響楽団)と共演してデビュー。19年母校東京音楽学校(現東京芸大)教授。日本ショパン協会初代副会長。門下に松浦豊明(とよあき)らがいる。昭和49年2月5日死去。62歳。東京出身。

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