音楽を音響を通して時間的に現実化する行為。一般に芸術活動は,創作と享受という二つの活動から成り立つが,演劇や舞踊などとともに実演芸術に区分される音楽においては,創作と享受の中間に,楽曲を音楽として時間的に実現するための演奏行為が介在する。相互に密接した関連をもつ創作-演奏-享受の行為は,西洋の近代からたがいに独立し,作曲家-演奏家-聴衆の区別が生じるようになった。西洋の中世音楽やルネサンス音楽,東洋や日本の伝統音楽においては,演奏家はしばしば作曲家を兼ね,比較的制約の少ない楽譜をもとに自由な即興演奏を行っていた。しかし西洋の近代から現代にかけて,演奏家の役割は,作曲家の創作した固定的な作品・楽譜を,創造的に解釈し,聴衆に生きた形で伝達することに変化した。
20世紀の西洋の演奏家は,19世紀ロマン主義に反旗をひるがえすことから活動を始めた。創作-演奏-享受の活動が完全に分離した19世紀においては,演奏家は,17,18世紀を通して一般的になった演奏会で,同時代の作曲家の作品を華やかな〈名人芸〉で演奏していた。しかし20世紀の演奏家は,同時代の作曲家の作品よりも,過去の作曲家の作品を積極的にとりあげるようになった。こうした演奏の世界における〈歴史主義〉の早い例は,メンデルスゾーンがバッハやヘンデルを演奏した19世紀中葉にも見られるが,20世紀に入ってから一般的な傾向として定着した。
20世紀初頭の〈新音楽〉や〈新即物主義〉の音楽運動は,演奏界における〈歴史主義〉に新しい方向から光をあて,〈楽譜に忠実な演奏〉〈作品に忠実な演奏〉〈歴史的に忠実な演奏〉というスローガンが叫ばれるようになった。B.ワルターやW.ギーゼキングは,19世紀的な〈名人芸〉や主観的な解釈をさけ,原典の楽譜に指示された通りのフレージング,ダイナミックス,アーティキュレーションで忠実に再現しようとした。さらに20世紀に入ってからのレコード,テープ,放送などの発達は,こうした客観的な演奏様式への傾斜に拍車をかけた。同一の演奏を何回も再現できるレコードやテープは,コンサートでは聴きとれないような演奏の細部を拡大するため,演奏家は,1音符のミスもない正確な演奏を目ざすようになった。そして20世紀後半に入ると,G.グールドのように,レコード録音でしか完璧な演奏はできないとし,コンサート活動をいっさい行わない演奏家も登場するようになった。また演奏の〈歴史主義〉は,1960年代から〈古楽〉と結びつき,中世やルネサンス時代の古い音楽を,当時の楽器やピッチ(音の高さ)や演奏習慣でそのまま再現することが広く行われるようになった。
20世紀後半の作曲家は,〈電子音楽〉や〈ミュジック・コンクレート〉を創案して,演奏家をまったく必要としない音楽を作りだし,また厳格な数理的な作曲技法による〈ミュジック・セリエル〉などでは,演奏家の自由をほとんど認めていない。しかし,こうした傾向に反対し,演奏家の創造的な参加を求める〈偶然性の音楽〉や〈不確定性の音楽〉も書かれている。
執筆者:船山 隆
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
音楽行動の一つで、身体あるいは楽器を使って音響を生成し、それがつくりだす意味的世界を聴き手に伝えようとする行為である。とくに楽器による演奏を、play(英語)、Spiel(ドイツ語)、jeu(フランス語)という語によって表すように、(1)規則をもつ、(2)非可逆的な時間構造をもつなどの点で、演奏は遊戯と原理的に深いかかわりをもっている。日本でも、古くは『源氏物語』に「御あそび始まりて……御箏(おんこと)ども召す」(藤裏葉(ふじのうらば))とあるように、管絃(かんげん)の技をなすことを「あそぶ」という語でとらえていた。
演奏行為は、文化間によって、自己目的、自律的なものから、多目的、他律的なものまで、さまざまな度合いと種類をみいだすことができる。ヨーロッパでは創作―演奏―享受というコミュニケーション連関のなかで、演奏は作品の解釈行為として、おもに演奏会という場で音楽的な意義のみをもつことが多いが、他の諸地域では複合的な行動を構成する一つの要素としてとらえることができる。たとえば、インドのバウル歌唱や日本の東大寺修二会(しゅにえ)の行法では、演奏行為は同時に儀礼的あるいは宗教的行為であると考えられ、そのため舞踊的、演劇的所作もあわせもつという、多義的な行動類型の重なりのなかで、演奏は意味をもち機能している。
一連の音楽行動のなかでも、とくに演奏は、身体との結び付きを強くもっている。それぞれの文化における演奏方法や様式は、身体とそれを取り巻く風土、環境、さらには生態的条件との相互作用の産物といえる。たとえば、マレー・ポリネシア系の人々にみられる鼻笛は、鼻からの呼気が霊気を携えているということ以上に、熱帯の環境に適応した鼻の粘膜を備えているという生理的条件が、演奏法を規定しているといえよう。また、モンゴルにおけるきわめて遠方にまで音が届く倍音唱法(ホーミー)は、生活環境である広大な草原を抜きにしては考えられない。さらに生態的条件の一つとして、楽器の材質があげられる。たとえば、竹はアジア一帯にしかみいだされず、そこから日本の尺八、中国の笙(しょう)、インドネシアのアンクルンのような独特の竹製楽器と演奏方法が生み出されている。ただ、生態的条件に規定された物質文化は楽器以外にも多くあり、人間の行動全般に広く影響を与えていることは忘れてはならない。
演奏は身体を通して行われ、そのつど1回限りのはかないものではあるが、音楽を生きた形で打ち立て、聴き手の前に顕現させる唯一の機会である。その意味では、演奏は、音楽現象のなかでももっとも生き生きした場面であるといえよう。
[中川 真]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…英語のミュージックmusic,ドイツ語のムジークMusik,フランス語のミュジックmusique,イタリア語のムージカmusicaなどの語の共通の語源とされるのは,ギリシア語の〈ムシケmousikē〉であるが,それはそもそも〈ムーサMousa〉(英語でミューズMuse)として知られる女神たちのつかさどる技芸を意味し,その中には狭義の音芸術のほか,朗誦されるものとしての詩の芸術,舞踊など,リズムによって統合される各種の時間芸術が包含されていた。このように包括的な〈音楽〉の概念は,ヨーロッパ中世においては崩壊し,それに代わって思弁的な学として〈自由七科septem artes liberales〉の中に位置づけられる〈音楽〉と演奏行為を前提として実際に鳴り響く実践的な〈音楽〉の概念が生まれたが,後者は中世からルネサンスにかけてのポリフォニー音楽の発展につれて,しだいにリズム理論,音程理論などを内部に含む精緻な音の構築物へと進化した。これらの実践的な音楽とその理論がギリシア古代から一貫して受け継いだのは,音楽的な構築の基礎を合理的に整除できる関係(ラティオratio)と数的比例(プロポルティオproportio)に求める考え方である。…
※「演奏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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