B.J.O.シュリーケ(その他表記)Bertram Johannes Otto Schrieke

20世紀西洋人名事典 「B.J.O.シュリーケ」の解説

B.J.O. シュリーケ
Bertram Johannes Otto Schrieke


1890 - 1945
オランダの民族学者,社会学者。
元・アムステルダム大植民地民族学教授,元・文部大臣
通称スフリーケ。
イスラム学者ヒュルフローニェに師事。オランダ領東インド政庁に勤務のかたわらバタビアの高等法律学校で人類学、社会学を教える。1934年渡米。’36年帰国しアムステルダム大植民地民族学教授となる。’39年文部大臣となる。’45年ロンドンの国際連合会議にオランダ代表として参加中、急死する。主な著作は「インドネシア社会学研究」。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む