K.マーレキー(その他表記)Khalīl Mālekī

20世紀西洋人名事典 「K.マーレキー」の解説

K. マーレキー
Khalīl Mālekī


1901 - 1969
イラン政治家
タブリーズ生まれ。
ドイツ留学中にカウツキー流の社会民主主義思想洗礼を受ける。帰国後、中等学校教師となるが、1937年反共法違反の嫌疑をかけられた53人の一人として逮捕される。釈放後、トゥーデ党(イラン共産党)の結成に加わるが、その後脱党し、石油国有化闘争期に「第三勢力」を結成し、モサッデクを支持。又、中央集権化・ペルシア語化制作の熱心な推進者としても知られる。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

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