倉野(読み)くらの

日本歴史地名大系 「倉野」の解説

倉野
くらの

入来いりき院内の地名で、倉野村ともみえる。現樋脇町倉野に比定される。川内せんだい川左岸に位置し、水上交通を通じて薩摩国府(現川内市)と結ばれていた可能性がある。入来院の倉院の所在地であったという説も出されている。渋谷氏が入来院地頭に任じられた直後に作成した建長二年(一二五〇)一二月日の入来院内村々田地年貢等注文(入来院文書)に「くらのゝ村」とみえ、総田数は二一町二〇代、うち免田・佃田を差引いた分が一八町五反余(損田九町五反三〇代、得田八町九反二〇代)、さらに二次的な免田・給田を引いた定得田が七町四反一〇代となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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