古市庄(読み)ふるいちのしよう

日本歴史地名大系 「古市庄」の解説

古市庄
ふるいちのしよう

庄域は近世の古市村域とみられ、観心(かんしん)寺(現河内長野市)領。庄名は古代の古市郡古市郷(和名抄)に由来すると思われる。元慶七年(八八三)九月一五日の観心寺勘録縁起資財帳(観心寺文書)に「一 古市郡壱処号古市庄」として「地拾陸町陸段佰陸拾歩之中十四町二百卅八歩淳和院施入(下略)」とみえ、川原里に一三町余、壺井里に一町五反などがあった。また「右、貞観十六年七月九日淳和院大皇太后為充嵯峨院大皇太后御願堂修理料施入」と記され、これにより貞観一六年(八七四)庄地一六町余を淳和院大皇太后(正子内親王)が嵯峨院大皇太后(檀林皇后)橘嘉智子御願堂修理料として観心寺に寄進したことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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