…しかし,日華事変から第2次世界大戦にかけて,内容や資材についての統制が強化され,その過程で時局を論ずることを主とする雑誌には〈総合雑誌〉という日本独特の官製呼称が与えられた。
[大衆雑誌と女性雑誌の出現]
産業革命と都市化の進行によって,安い読物をもとめる新しい読者層が生まれ,大部数を競う娯楽雑誌が登場した。イギリスでは《ペニー・マガジンPenny Magazine》(1832‐46),《ペニー・サイクロペディアPenny Cyclopaedia》(1833)などの競争に続いて《チェンバーズ・ジャーナルChamber’s Journal》が1845年に発行部数9万部に達した。…
※「大衆雑誌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の9月中 (9月後半) のことで,太陽の黄経が 210°に達した日 (太陽暦の 10月 23日か 24日) に始り,立冬 (11月7日か8日) の前日までの約 15日...