大輪田村(読み)おおわだむら

日本歴史地名大系 「大輪田村」の解説

大輪田村
おおわだむら

[現在地名]河合町星和台(せいわだい)一―二丁目・中山台(なかやまだい)一―二丁目・広瀬台(ひろせだい)一―三丁目・高塚台(たかつかだい)一―三丁目・大字大輪田

薬井(くすりい)村北東、大和川曲流地域南岸に立地する。河曲(かわくま)を意味する地形名である。永仁二年(一二九四)の大仏灯油料田記録に「大輪田(をわた) 字御子ケ谷」とあり、弘長元年(一二六一)の尼生阿弥陀仏田地寄進状(東大寺文書)に「広瀬郡大輪田郷之内十一条五里廿八坪内」、正平一八年(一三六三)吉野郡川上(かわかみ)村運川(うんせん)寺大般若経奥書には「広瀬郡大輪田」と記す。

慶長郷帳には「大和田村」とみえる。村高は三三八・一八石。慶長期(一五九六―一六一五)の領主は御番衆。元和元年(一六一五)郡山藩(水野勝成)領となり、同藩の二割半無地高増政策で村高は四三二・七二五石となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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