朝日日本歴史人物事典 「有吉明」の解説
有吉明
生年:明治9.4.15(1876)
明治後期から昭和前期にかけての外交官。京都府出身。父は有吉三七,母は歌。朝鮮総督府政務総督などを務めた有吉忠一の弟。明治31(1898)年外務省入省。スイス,ブラジル各大使を経て,昭和7(1832)年中華民国公使,10年大使館昇格に伴い初代大使に任命された。当時は梅津・何応欽協定,土肥原・秦徳純協定(1935)が成立し,その後関東軍や天津軍を中心に華北分離工作が強行され,広田弘毅外相もこれに妥協しがちで,日中間は多事を極めた。そうした情勢下,両国の関係融和に努め,ときには本省の訓令に反対する意見を具申した。そのため帰国命令を受け,11年依頼免官となった。<参考文献>松本重治『上海時代』
(長井純市)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報