漢口(読み)かんこう

日本大百科全書(ニッポニカ)「漢口」の解説

漢口
かんこう / ハンコウ

中国、湖北(こほく/フーペイ)省東部、武漢(ぶかん/ウーハン)市の北部地区。もと武昌(ぶしょう/ウーチャン)、漢陽(かんよう/ハンヤン)とともに武漢三鎮とよばれた。口は長江(ちょうこう/チャンチヤン)(揚子江(ようすこう/ヤンツーチヤン))に支流漢水(かんすい/ハンショイ)が流れ込む合流点にあたり、水陸ともに交通が便利で、「九省之会」(9省からのルートの集まる所)とよばれた。武昌、漢陽に比べると都市化が遅れたが、明(みん)、清(しん)代には仏山鎮(ぶつざんちん/フォーシャンチェン)、朱仙鎮(しゅせんちん/チューシエンチェン)、景徳鎮(けいとくちん/チントーチェン)と並んで四大鎮の一つとされ、商業が盛んであった。旧名は夏口、漢皋(かんこう)ともよばれ、江夏県に属していた。アヘン戦争以後列強の長江流域に対する経済支配の拠点とされ、一時租界もつくられた。1949年武昌、漢陽と合併して武漢市となった。京広鉄道が通じ、また増水期には長江は漢口まで1万トン級の汽船も溯航(そこう)できるので、現在も水陸交通の要衝となっている。武漢第二長江大橋が長江を横断して架けられている。

[河野通博]

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旺文社世界史事典 三訂版「漢口」の解説

漢口
かんこう
Hànkǒu

中国湖北省東部,武漢 (ウーハン) 市の商工業地区
長江・漢水の合流点に位置し,武昌・漢陽とともに武漢三鎮と称される,長江中流第一の河港。明代には漢口鎮と呼ばれ,四大鎮の1つとして発達した。1858年の天津条約によって開港し,列国の租界も設けられた。日中戦争で南京陥落後,一時,臨時首都となった。

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精選版 日本国語大辞典「漢口」の解説

かんこう【漢口】

中国、湖北省武漢市の一地区。漢水が長江へ合流する地点北岸に位置し、天津条約により開港した貿易港。京広鉄道が通じる。武漢三鎮の一つ。漢。

ハンカオ【漢口】

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世界大百科事典 第2版「漢口」の解説

かんこう【漢口 Hàn kŏu】

中国,湖北省東部の大都市。武昌,漢陽とともに武漢市を形成し,いわゆる武漢三鎮の一つである。漢水が長江(揚子江)に流入する北岸に位置する。漢口の名は4,5世紀ころから現れるが,当時は今の漢陽をさしていたらしい。この地は漢水と長江の交わる地点に存在するので,古くから交通の要衝と目されたが,もともと沼沢地であったので農耕に適さず,都市としての発達はずっとおくれた。しかし16世紀になって漢口鎮としての都市的基礎が固まると急速に発展し,明末・清初には中国四大鎮(朱仙鎮,景徳鎮,仏山鎮)の一つに数えられるに至った。

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世界大百科事典内の漢口の言及

【武漢】より

…人口449万(1994),面積2746km2。長江(揚子江)と漢江の合流点に位置し,武昌,漢陽,漢口の3都市を合併して成った。古くはこの三つを併せて武漢三鎮と称され,交通の要衝でもあったので群雄必争の地となった。…

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