仁川(読み)インチョン

デジタル大辞泉 「仁川」の意味・読み・例文・類語

インチョン【仁川】

大韓民国北西部、黄海に面する広域市。港湾都市として発展。2001年に開港した仁川国際空港は、首都ソウルの空の玄関口であると同時に、東アジアの国際ハブ空港として機能する。人口、行政区263万(2008)。じんせん。

じんせん【仁川】

インチョン

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精選版 日本国語大辞典 「仁川」の意味・読み・例文・類語

じんせん【仁川】

  1. 韓国北西部、京畿湾に面する港湾都市。ソウルの外港。一八八三年開港。釜山と並ぶ韓国屈指の貿易港。各種の工業・天日製塩がさかん。旧称は済物浦(さいもっぽ)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「仁川」の意味・わかりやすい解説

仁川
じんせん / インチョン

韓国(大韓民国)北西部、京畿(けいき/キョンギ)湾に臨む都市。釜山(ふざん/プサン)に次ぐ韓国第二の港湾都市。1981年直轄市に昇格、95年地方自治制度の改革により広域市となる。面積964.53平方キロメートル、人口246万6338(2000)。日朝修好条規(1876)によって1883年開港。第二次世界大戦前には日本の朝鮮半島と大陸侵略の前進基地として機能を果たした。また朝鮮戦争中の1950年9月15日、劣勢を跳ね返すためにアメリカ軍が行った仁川上陸作戦の地としても知られる。現在はソウルの外港、国際貿易港、沿岸島嶼(とうしょ)の海上交通要港、近海漁業の漁港として、また重化学工業都市として発展している。とくに自動車、機械、製鉄、火薬、農薬、ガラス、紡績、製材、精油工業などが発達している。富平(ふへい/プピョン)地区に韓国輸出工業第4団地が1969年に造成された。朱安(しゅあん/チュアン)地区には第5団地と第6団地がある。京仁(けいじん/キョイン)地方の広い後背地と、豊かな労働力、干潟(ひがた)地の埋立てによる安い工場の敷地、原料と製品の輸送に便利な交通施設などが工業の好立地条件になっている。鉄道はソウルとの間に1899年に開通し、その後1965年に複線化、72年に電化された。市内には仁川、東仁川、済物浦(さいもっぽ/チェムルポ)、東岩(とうがん/トンアン)、朱安、富平などの駅がある。ソウルと仁川間の高速道路は1968年に建設された韓国最初の高速道路である。港湾は水深が浅く、潮の干満の差が大きくて船舶の出入りが困難であったので、1918年に第1ドックを設け、74年には5万トン級の船舶を係船できる第2ドックを完工した。市は行政的に東区、南区、北区、中区に区分されている。仁荷(じんか/インハ)大学校、仁川工科大学、教育大学がある。2001年3月に、仁川港外の永宗島(えいしゅうとう/ヨンジョンドウ)に仁川国際空港が開港した。東アジアの国際ハブ空港を目ざし、24時間の運航が可能。年間1億人の旅客と7000万トンの貨物の輸送が見込まれる。2001年現在、4000メートル級滑走路2本、最終的には4本を計画。

[邢 基 柱]

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改訂新版 世界大百科事典 「仁川」の意味・わかりやすい解説

仁川 (じんせん)
Inch`ǒn

韓国,京畿道京畿湾岸の都市。人口260万(2003)。韓国の六広域市の一つ。首都ソウルの西方30kmに位置し,仁川港はソウルの外港となっている。済物浦という小さな漁村だったが,日朝修好条規により,1883年に開港してから国際貿易港として発達した。1900年には朝鮮最初の京仁鉄道がソウルとの間に敷設された。日本植民地時代には,中国と朝鮮を結ぶ海上交通の基地となったほか,ソウルの永登浦から京仁線に沿った工業地帯の一翼に組みこまれ,機械,化学,繊維などの諸工業が建設された。1945年以後,仁川地域の工業は技術,市場などの経営基盤を失い,操業中断状態にあったが,さらに朝鮮戦争により大きな被害を被った。戦争中には,アメリカ軍が仁川上陸作戦(1950.9.15)を決行して戦局を一挙に逆転したところとして有名になった。1960年代以降,朴政権下で,京仁高速道路や電鉄が建設されるなどソウルとの一体化がさらに進み,片道1時間の通勤圏となった。また,京仁街道沿いの富平,朱安などに新工業地帯が勃興した。めざましい工業化により,人口は1960年の40万2000から95年には230万を超し,韓国第4位の都市に成長した。

 仁川港付近は世界的にも潮差の激しい海岸で,最高8mにも達するため,植民地時代に小規模な水門式ドックを設け,4500トン級の船まで接岸できるようにした。その後増大する貿易にあたるため,沖合の月尾島との間を閉じ,仁川港の水面を一定に保つ設備を1972年に完成,5万トン級まで接岸可能となり,仁川港の年間荷役量は釜山港に次いで韓国第2位である。また,仁川港は黄海漁業,あるいは京畿湾一帯の離島への交通の基地でもある。2001年3月,仁川港沖合の永宗島に大規模な国際空港が開港し,東北アジア地域のハブ空港として発展している。仁川の沿岸には広大な干潟地が発達しており,塩田,貝類の養殖などに利用され,最近では干拓による農地化,潮差を利用した電力開発にも着手している。
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百科事典マイペディア 「仁川」の意味・わかりやすい解説

仁川【じんせん】

韓国,京畿道中西部,江華湾に臨む港湾,工業都市。五大広域市の一つ(直轄市)で,人口はソウル,釜山に次ぐ韓国第3の都市。首都ソウルの外港として,釜山に次ぐ韓国第2の貿易港であり,京仁線(ソウルと結ぶ朝鮮最初の鉄道で,1900年敷設),水仁線の終点で鉄道,道路交通の要衝でもある。港内は潮汐の干満差が激しい(大潮で8m)が,港湾施設は完備している。ソウル〜仁川間は京仁工業地帯と呼ばれ,工業団地が整備され板ガラス・製鋼・機械・木工・食品・紡績などの製造業の活動がめざましい。またソウルとの間は地下鉄で結ばれ,ベッドタウンとしても発展。中華街もある。月尾島,松島は海水浴場として著名。もと済物浦(さいもっぽ)と呼ばれ,1875年の江華島事件のあと1876年の日朝修好条規で開港ののち発展した。朝鮮戦争中の1950年9月マッカーサーが行った仁川上陸作戦は有名。2001年春,市西側沖合の永宗島に仁川国際空港が開港,ハブ空港として発展をとげている。266万2509人(2010)。
→関連項目京畿道ソウル

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世界大百科事典(旧版)内の仁川の言及

【居留地】より

…日本,中国における欧米諸国の居留地,租界に範を求められた釜山居留地では,日本が領事裁判権のみならず行政権も掌握した。日本は釜山のほかに順次元山,仁川,馬山に,また清国は84年より仁川,さらに釜山,元山にそれぞれ一国単独の専管居留地を設けていったが,欧米諸国は仁川をはじめとして共同の各国居留地(雑居居留地)で満足した。以後の開港場では,日本を含め各国居留地が通例となった。…

※「仁川」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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