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釜山 フザン

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デジタル大辞泉の解説

ふざん【釜山】

プサン

プサン【釜山】

大韓民国南東端にある広域市。港湾都市。古来、日韓交通の要地。各種工業や水産加工業が盛ん。人口、行政区350万(2008)。ふざん。

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百科事典マイペディアの解説

釜山【ふざん】

韓国南東端の港湾都市。六大広域市の一つで,15自治区,1自治郡で構成。ソウルに次ぐ大都市で,韓国最大の貿易港。南方に絶影島(影島)があり,天然の良港をなす。電機・機械製品,雑貨,水産物などを輸出し,食料,肥料,機械部品,原糖,石油を輸入する。
→関連項目海雲台金嬉老慶尚南道三浦の乱晋州釜山タワー倭館

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世界大百科事典 第2版の解説

ふざん【釜山 Pusan】

韓国,南東端の都市。人口は389万2972(1995)で,ソウルに次ぐ。天然の良港釜山港を中心に形成された都市で,1963年に政府の直轄市に昇格した。95年に広域市に各称を変更,現在15区,1郡が置かれている。李朝時代の15世紀には三浦(さんぽ)の一つとしてこの港が開かれ,富山浦と呼ばれた。日本の対馬との貿易が近郊の倭館で行われたが,富山浦自体は閑散とした漁港であった。また,豊臣秀吉の朝鮮侵略の際には日本軍の上陸地点となった。

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大辞林 第三版の解説

ふざん【釜山】

プサン

プサン【釜山】

韓国の南東端、朝鮮海峡に面する港湾都市。機械・陶器・造船・水産加工などの工業が発達。ふざん。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

釜山
ふざん / プサン

韓国(大韓民国)南東端に位置する広域市。面積758.21平方キロメートル(1999)、人口410万8400(2001推計)。1914年に府制実施、朝鮮戦争中、韓国の臨時首都になり、57年に区制実施、63年直轄市に昇格。95年地方自治制度の改革により広域市となる。15区1郡で構成され、韓国第二の都市である。主要な工業地区の特色をあげると、まず沙上(さじょう)地区では最近、中心部の工場を移転して工業団地を造成し、製造業全体の約30%が集中、釜山最大の工業地域を形成しており、各種の工場が立地している。忠武地区は水産物加工業、印刷業、亀浦地区には小規模の工業が集中している。影島地区は造船、金属工業、陶磁器工業、甘川地区では化学、金属、水産物加工業、東莱(とうらい)地区では繊維、金属工業が盛んである。凡一・蓮山(れんざん)地区には繊維、金属、靴類の工場が密集している。
 釜山は韓国第一の貿易港である。1999年の輸出額は58億ドルで、おもな輸出品は織物、履き物、鉄鋼、船舶など。輸入額は43億ドル。とくにコンテナ取扱い個数では香港(ホンコン)、シンガポール、ロッテルダムなどに続いて世界第5位となっている。釜山はまた鉄道京釜線の終着点でもあり、京釜高速道路(ソウル―釜山)、南海高速道路(釜山―光州)などが集中しており、国際・国内旅客港の機能も韓国第一である。金海国際空港には毎日、東京、名古屋、大阪、福岡との間に旅客機が発着する。釜山大学校、東亜大学校、釜慶大学校、高神大学校、釜山女子大学校など教育施設も多い。 基 柱]

歴史

高麗(こうらい)時代まで寒村だったが、李朝(りちょう)初期に倭寇(わこう)を防ぐ水軍の根拠地となり、日本との交易地にも指定された。1419年、朝鮮軍の対馬(つしま)攻撃(応永(おうえい)の外寇(がいこう))で倭寇が鎮静すると、三浦(さんぽ)(開港場)の一つとして「倭館」が設けられ、日本との交易が行われた。1547年以降、対馬島主宗(そう)氏に限定した日朝貿易の唯一の交易地とされ、豊臣(とよとみ)秀吉軍の侵入により一時断絶したが、江戸時代末期まで続いた。1876年の開国以後、日本の進出拠点となり、領事館、居留地が置かれ、下関、博多(はかた)との航路や京釜鉄道も開通した。日本の植民地下では日本人の商店、会社が林立し、人口も急増して朝鮮第二の都市に成長した。[吉田光男]

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世界大百科事典内の釜山の言及

【浅間山】より

…溶岩流の厚さは30m以上,幅最大1.3km,長さ5.5kmあり,表面は大小の岩塊が積み重なりすさまじい景観を呈する。天明の噴火後,山頂火口は二重となり,前掛山・東前掛山の外輪山の内側に比高170mの中央火口丘釜山(2560m)が生じた。その頂部には直径350m,深さ150mの大火口があり,現在でも活動している。…

【居留地】より

…70年代以降,居留地の廃止は,条約改正とともに,日本国民の強い要求となった。居留地貿易内地雑居【小野 正雄】
[朝鮮における居留地]
 朝鮮では,日朝修好条規にもとづき翌1877年釜山にはじめて日本専管居留地が設置された。江戸時代の日朝貿易は,釜山草梁の倭館における対馬藩の制限貿易として行われ,明治政府はこれを継承しながら同条規で一方的に有利で自由,無制限の貿易権を得た。…

【倭館】より

…日本からの使客接待のために朝鮮に設けられた建物。室町期には三浦(富山浦,薺浦(せいほ),塩浦)と漢城(現在のソウル)に,江戸期には富山浦(現在の釜山)のみに置かれた。室町期の日朝貿易は外交使節往来の形式をとり,日本各地からの渡航使者は三浦で朝鮮側役人による書契,図書・文引などの検察をうけ,倭館(東平館・西平館の2館に分かれる)に入宿し,使節の格に応じて朝鮮側の接待をうけた。…

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