馬走村(読み)まばせむら

日本歴史地名大系 「馬走村」の解説

馬走村
まばせむら

[現在地名]清水市馬走・馬走北(まばせきた)・馬走坂(まばせさか)の上(うえ)・上原(うわはら)一丁目・御門台(みかどだい)・草薙杉道(くさなぎすぎみち)一丁目・有度本町(うどほんちよう)

有東坂(うとうざか)村・今泉(いまいずみ)村の西、有度山(うどさん)丘陵北麓の谷、谷津沢(やつさわ)川流域に位置する。東海道が通る。寛永九年(一六三二)幕府領、宝永二年(一七〇五)旗本水野・桜井・米津氏の三給となり、寛保二年(一七四二)米津領が幕府領に転じ、以後は幕府領・水野領と桜井領の三給となって、幕末に至る(「安倍郡誌」・旧高旧領取調帳など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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