正木千冬(読み)まさき ちふゆ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「正木千冬」の解説

正木千冬 まさき-ちふゆ

1903-1982 昭和時代の統計学者,政治家
明治36年12月10日生まれ。大内兵衛門下。大阪毎日新聞記者をへて企画院調査官。昭和16年企画院事件で入獄戦後,国民経済研究協会常任理事,内閣統計局次長,国学院大教授。45年鎌倉市長となり,古都鎌倉の環境保全などの市政話題をあつめた。昭和57年4月6日死去。78歳。東京出身。東京帝大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の正木千冬の言及

【企画院事件】より

…このため近衛内閣は企画院原案から資本と経営の分離を削除し,財界案に妥協した要綱を同年12月,閣議決定した。〈赤〉攻撃は12月に内相に就任した平沼騏一郎(きいちろう)によっても強まり,41年1~4月に企画院原案作成に関与した和田博雄,正木千冬,勝間田清一,佐多忠隆,稲葉修三ら17名が治安維持法違反容疑で検挙,数名が起訴された。治安当局は被疑者に自白を強要し,和田らを〈コミンテルンと日本共産党の方針を支持した〉共産主義者だとして事件を捏造(ねつぞう)した。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」