日本大百科全書(ニッポニカ) 「アヌレン」の意味・わかりやすい解説
アヌレン
あぬれん
annulene
アヌレンはC-C単結合とC=C二重結合が交互に環状に並んだ構造をもつ化合物の総称である。シクロアルカポリエンともよばれる。一般式では、下記のように表される。
アヌレンの名前は総称としてだけではなく、環を構成する炭素原子の数(2n)を[ ]の中に入れ「アヌレン」の前につけて個々のアヌレンの命名にも使われている。たとえば、 の(1)の炭素14個からなるアヌレンは[14]アヌレンと命名される。
アヌレンの性質は環を構成する炭素の数が4n個であるか(4n+2)個(ここでnは0または正の整数)であるかにより対照的に異なっていて、炭素原子数が(4n+2)の場合には同じ炭素原子数の単結合と二重結合が交互に並んだ鎖状炭化水素に比べて安定であるが、炭素原子数が4nの場合には逆に不安定である。
ヒュッケルは分子軌道法の計算に基づいてこの現象を予測し、sp2混成の炭素原子が環状に並んだπ(パイ)電子系ではπ電子数が(4n+2)個のときには安定化して芳香族の性質をもつが、π電子数が4n個のときには不安定化して反芳香族の性質をもつことを示した(ヒュッケル則)。[6]アヌレンに相当するベンゼンが安定な芳香族炭化水素であることはよく知られている。この法則に従うと、[14]アヌレン( の(1))、[18]アヌレン( の(2))は安定な芳香族化合物であるが、[16]アヌレンは反芳香族の性質をもつ。したがって[16]アヌレン自体は不安定であるが、金属カリウムと反応させるとカリウムから電子2個を受け取ってπ電子数が18で安定な[16]アヌレンジアニオン(2価陰イオン、 の(3))になる。
ヒュッケル則はπ電子系を構成する炭素原子が同一平面上に並んでいるときに成立する法則であるので、環を構成する炭素原子が同一平面上に並ぶことが不可能になると事情は変わってくる。[10]アヌレンは10個のπ電子をもっているので、ヒュッケル則によれば芳香族化合物と考えられるが、実際にはC-C-C結合角が120°から著しくずれるためにひずみを生じ平面構造(内側に向いた水素( の(5)に書き入れた二つのH)がぶつかり合って平面構造をとれないために[10]アヌレンは芳香族の性質をもっていない。歴史的にはヒュッケル則が提唱され、これを実験により検証する研究が盛んになり、アヌレンの化学が進歩した。
の(4))をとることは不可能で、 の(5)の構造をとっている。 の(5)の構造では[向井利夫・廣田 穰]
『中川正澄著『アヌレンの化学』(1996・大阪大学出版会)』