アフマドシャー(その他表記)Aḥmad Shāh

改訂新版 世界大百科事典 「アフマドシャー」の意味・わかりやすい解説

アフマド・シャー
Aḥmad Shāh
生没年:1898-1930

カージャール朝の第7代シャー。在位1909-25年。第6代モハンマド・アリーの第2子としてタブリーズに生まれる。イラン立憲革命最中立憲派と激しく対立し同派のテヘラン制圧と同時に廃位させられた父の跡を継ぎ,同王朝最後のシャーに即位(1909)。その後5年間の摂政期間を経て,第1次大戦直前に親政を開始するが,1921年のクーデタ後実権を掌握したレザー・ハーンレザー・シャー・パフラビー)と対立。25年,第5議会がカージャール朝の廃止を可決するに及んでフランス隠棲。30年,パリ郊外の病院で没する。
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20世紀西洋人名事典 「アフマドシャー」の解説

アフマド・シャー
Ahmad Shāh


1898 - 1930
イラン国籍。
カージャル朝の第7代シャー。
タブリーズ生まれ。
第6代モハンマド・アリーの第2子として生まれ、イラン立憲革命中廃位させられた父の跡を継ぎ、1909年に王朝最後のシャーに即位する。第一次大戦直前に親政を開始するが、レザー・ハーンによるクーデターで実権を掌握され、’25年、第5議会が王朝廃止を可決したために、フランスに隠棲。パリ郊外で没する。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

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