アブドアッラージクアリー(その他表記)`Abd al-Rāziq `Alī

改訂新版 世界大百科事典 の解説

アブド・アッラージク・アリー
`Abd al-Rāziq `Alī
生没年:1886-1966

エジプト思想家アズハル大学およびロンドンで学ぶ。ムハンマド・アブドゥフイスラム改革思想を継承する自由主義的開明派の思想家の一人。1925年《イスラムと統治の諸原則》において宗教政治権力との分離を主張し,カリフの世俗的権威を否定する立場を明らかにしたことから,アズハル保守派ウラマーの攻撃にさらされた。晩年はアラブ連盟アカデミーにおいて活動した。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

20世紀西洋人名事典 の解説

アブド・アッラージク・アリー
‘Abd al-Rāziq ‘Alī


1886 - 1966
エジプトの思想家。
イスラム改革思想を継ぐ自由主義的開明派の思想家である。宗教と政治権力の分離を訴え、カリフの世俗的権威を否定したため、アズハル保守派ウラマーに攻撃された。晩年はアラブ連盟アカデミーの活動をした。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

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