アミーレ・カビール(その他表記)Amīr-e Kabīr, Mīrzā Taqī Khān

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アミーレ・カビール」の意味・わかりやすい解説

アミーレ・カビール
Amīr-e Kabīr, Mīrzā Taqī Khān

[生]1798?
[没]1852
イランカージャール朝の王ナーシル・ウッディーン初期の名宰相。カージャール朝の衰退期にあたり,王朝権力を再建しようとした。外国旅行で見聞したオスマン帝国タンジマート改革にならって財政収支のバランスをはかり,軍隊の近代化に着手。近代的高等教育機関のダールル・フヌーンを設立し,地方行政に中央権力の確立をはかり,製糖,製紙絹織物綿糸の工場設立,最初の新聞発行などを行なった。また英露による干渉を排除してイランの独立の基盤をつくろうとしたが,王朝内の反対派の陰謀に陥れられ,国王の命で毒殺された。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

東京都台東区の浅草寺の本尊である観世音菩薩の縁日のうち,特に多くの功徳が得られるとされる功徳日のことで,毎年 7月9,10日がその日にあたる。もとは「千日詣り」といい,本来はこの日に参詣すると 100...

四万六千日の用語解説を読む