改訂新版 世界大百科事典 「アントニヌス朝」の意味・わかりやすい解説
アントニヌス朝 (アントニヌスちょう)
Antoninus
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
翻訳|Antoninus
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…トラヤヌスも,続く3人の皇帝も息子がなかったため,後継帝をあらかじめ指名して養子としたので,ネルウァ(在位96‐98),トラヤヌス(在位98‐117),ハドリアヌス(在位117‐138),アントニヌス・ピウス(在位138‐161),マルクス・アウレリウス(在位161‐180)の5代の養子皇帝時代が続いた。これをアントニヌス朝というが,彼らは〈五賢帝〉と名づけられ,E.ギボンによって〈人類の最も幸福な時代〉と褒めたたえられた。その能力について証明済みの人物のみが帝位に就いたこと,スペイン出身のトラヤヌスやハドリアヌスのように属州出身者が帝位に就いたこと,などが安定の重要な条件であった。…
※「アントニヌス朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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