イタリア国民協会(読み)イタリアこくみんきょうかい(その他表記)Società Nazionale Italiana

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「イタリア国民協会」の意味・わかりやすい解説

イタリア国民協会
イタリアこくみんきょうかい
Società Nazionale Italiana

イタリアの独立と統一を目標として 1857年に設立された協会。推進者はベネチアの指導者でフランスに亡命した D.マニン,シチリア革命 (1848~49) に参加後,フランスを経てトリノに移住した G.ラ・ファリーナ,それに 21年のピエモンテ革命に加わってオーストリア警察に逮捕された経験を持つ G.パッラビチーノで,リソルジメント運動諸勢力の結集をはかった。イタリア解放のイニシアティブをサルジニア王国に期待する立場だったため,G.マッツィーニら民主派からの批判を受けた。しかしトリノを中心としてイタリア各地に組織の網を広げ,59年にトスカナとエミリアで臨時政権を樹立するのに貢献した。

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世界大百科事典(旧版)内のイタリア国民協会の言及

【コラディーニ】より

…フィレンツェで《イル・レーニョ》誌(1903‐06)を刊行,非合理主義,社会進化論色の濃い文学活動を展開し,イタリア国家主義の幕あけを告げた。1910年国家主義政党〈イタリア国民協会〉を創設,プロレタリア民族論を説いた。ファシズムを支援したが,1923年に同協会がファシスタ党と合同してからは,上院議員に任命されたものの,その政治的役割は消滅した。…

※「イタリア国民協会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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