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デジタル大辞泉の解説

くれ【呉】

中国春秋時代呉(ご)の国。転じて、中国のこと。
広く、中国から伝来した事物に冠していう語。他の名詞の上に付いて複合語をつくる。「竹」「楽」

くれ【呉】[地名]

広島県南西部の市。もと軍港で、海軍鎮守府があった。造船業・重工業が盛ん。人口24.0万(2010)。

くれ【呉】[姓氏]

姓氏の一。
[補説]「呉」姓の人物
呉茂一(くれしげいち)
呉秀三(くれしゅうぞう)

ご【呉】

中国の国名。
春秋時代の列国の一。揚子江下流地方を領有。都は呉(蘇州)。前6世紀ごろから強大となりを脅かしたが、前473年、夫差(ふさ)の時、勾践(こうせん)に滅ぼされた。
三国の一。222年、孫権江南に建国。都は建業(南京(ナンキン))。280年、西晋に滅ぼされた。
五代十国の一。902年、楊行密(ようこうみつ)が淮南(わいなん)江東地方に建国。都は揚州。937年、南唐に滅ぼされた。
中国江蘇省の異称。

ご【呉】[漢字項目]

常用漢字] [音](呉)(漢) [訓]くれ くれる
古代中国の国名。今の江蘇省浙江(せっこう)省一帯。「呉越呉音
中国のこと。「呉服
[名のり]くに

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百科事典マイペディアの解説

呉【ご】

(1)中国,代の侯国。姫姓。春秋時代の末(前6世紀末),闔閭(こうりょ)・夫差(ふさ)の2代,長江の下流域を本拠として勢力を拡大,中原にも進出したが,前473年越王句践(こうせん)に敗れ,併合された。
→関連項目魏晋南北朝時代蘇州孫子太宗(宋)覇者扶南六朝文化

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世界大百科事典 第2版の解説

くれ【呉】

古代日本において中国の長江(揚子江)下流地域をさす名称。拡大して中国全体をさすこともある。《新撰姓氏録》では呉は諸蕃(しよばん)の漢・百済・高麗・新羅・任那のうちの〈漢〉に属し,春秋時代の呉(ご),三国時代の呉,南北朝時代の梁(りよう)がそれぞれ〈呉〉と記されている。《日本書紀》には応神天皇から斉明天皇の条にかけて呉(くれ)の名がみえるが,そのさす内容は必ずしも一定しない。大部分は長江下流地域(南北朝時代でいえば南朝の地)をさすが,遣唐使吉士長丹(きしのながに)がその功によって〈呉氏〉という姓を授けられたり,遣唐使の航路が〈呉唐(くれもろこし)の路〉と記されているのは,呉(くれ)の名で中国全体をさすこともあった証拠である。

ご【呉 Wú】

中国の三国時代にと鼎立し,ついでと対峙して長江(揚子江)中下流域から華南を支配した国。222‐280年。呉郡富春(浙江省富陽県)出身の孫堅が後漢末の群雄の一人として活躍したのち,子の孫策が長江下流域を制したが若死する。その地盤をついだ弟の孫権は劉備と同盟して208年(建安13),南下する曹操の軍を赤壁に破り,さらに219年,劉備に勝って長江中流域以南を領有した。魏と蜀があいついで帝号を称したのに対抗して,222年(黄武1),孫権は呉王として独立したのち,229年(黄竜1)に帝位について首都を建業(南京)に定めた。

ご【呉 Wú】

中国,五代十国の一つ。902‐937年。淮南(わいなん)ともいう。唐末の群雄より身をおこした淮南節度使楊行密が建てた国。揚州を拠点に安徽,湖北,江西にまで支配を及ぼした。軍閥割拠の弊を改め中央軍(牙軍)を強化したが,牙軍を掌握する徐温らに実権が移り,2代目以後は完全に徐氏が国政を牛耳り楊氏はその傀儡(かいらい)と化した。919年(武義1),呉国王と称し,927年(乾貞1)にはさらにすすんで皇帝号を称した。

ご【呉 Wú】

中国,春秋時代の侯国。?‐前473年。句(こう)呉,攻呉とも書かれる。周太王の子の太伯と仲雍が,弟の王季に位を譲り,江南に行き,文身・断髪して蛮族の君となって建てた国という。春秋後期になって史上に活躍し,江蘇省蘇州に都をおき,一時は楚の都の郢(えい)(湖北江陵県)を攻めおとし,王夫差のとき南の越を屈服させ,北上して晋と覇を争うなどしたが,そのすきに越に攻められ,前473年夫差は越王句践に包囲され,自殺し,呉は滅んだ。

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大辞林 第三版の解説

くれ【呉】

古く、中国の呉の国をいった語。江南地方をもいい、また、広く中国を意味した。
中国伝来の事物である意の複合語を作る。 「 -竹」 「 -楽」

くれ【呉】

広島県南部の市。広島湾に面し、江田島に対する。戦前は海軍工廠こうしようがおかれた軍港。現在は呉港を中心に重工業が発達。

くれ【呉】

姓氏の一。

ご【呉】

中国、春秋時代の列国の一(?~前473)。長江下流域を領有。楚・越と抗争し中原進出をはかったが、闔閭こうりよの子夫差ふさのとき、越王勾践こうせんに滅ぼされた。
三国時代の王朝の一(222~280)。都は建業(今の南京)。孫権が江南に樹立。彼の死後衰え、西晋の武帝に滅ぼされた。
五代十国の一(902~937)。淮南わいなん節度使の楊行密が揚州を中心に樹立。徐知誥じよちこうに滅ぼされた。
◇ 今の江蘇省のうち長江以南一帯の地名。

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世界大百科事典内のの言及

【魏晋南北朝時代】より

…220年漢帝国が滅亡してから589年隋によって中国が再び統一されるまでの時代。建康(南京)に首都を置いた呉・東晋・宋・斉・梁・陳の江南6王朝を六朝というが,六朝の語でこの時代を総称する場合もある。この時代の特徴は政治権力の多元化にあり,短命な王朝が各地に興亡して複雑な政局を織りなし,はなはだしい場合には十指に余る政権が併立した(図)。…

【三国時代】より

…3世紀の中国で(漢)の3国が鼎立していた時代をいう。統一帝国として400年の命脈を保った漢王朝の瓦解によって生まれた政局で,魏晋南北朝の分裂時代がここに始まる。…

【五代十国】より

…中国で,907年(天祐4)にが滅び,960年(建隆1)にが成立して979年(太平興国4)に統一を完了するまでの時期を,五代十国時代という。この間,華北では後梁,後唐,後晋,後漢,後周の5王朝が興亡したので五代といい,その他の地域に前蜀,後蜀,,南唐,呉越(びん),荆南(南平),,南漢,北漢などが併存したので十国という。唐代後半の藩鎮割拠という分裂状態が唐の滅亡で極まったのがこの時代である。…

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