ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ウルバヌス6世」の意味・わかりやすい解説
ウルバヌス6世
ウルバヌスろくせい
Urbanus VI
[没]1389.10.15. ローマ
ナポリ出身の第202代教皇(在位 1378~89)。本名 Bartolomeo Prignano。アチェレンツァとバーリの大司教を経て,1378年 4月に教皇グレゴリウス11世(在位 1370~78)の後継者に選出された。教皇のバビロン捕囚(1309~77)が終わり,イタリア人が教皇となったことでローマ市民は安堵したが,ウルバヌス6世の性急な改革と辛辣さはフランス人枢機卿(→カーディナル)の反発を招いた。多くのフランス人枢機卿がローマを去り,教皇選挙の無効を宣言,1378年9月にフォンディでフランス人のクレメンス7世(在位 1378~94)を対立教皇として選出した。こうして,40年にわたるカトリック教会の大分裂が始まった。クレメンス7世を支持したのは,フランス,スコットランド,カスティリア,アラゴンなどの王国。ウルバヌス6世は,イングランド,神聖ローマ帝国,ポーランド,北部・中部イタリア,ポルトガルなどから支持を得た。反対派の枢機卿らを捕え残忍な方法で殺害するなど,教皇領は無秩序状態に陥った。毒殺されたとする説もある。
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