ローマ教皇の世俗的所領としてその主権下にある領土をいい,現在のバチカン市国にいたるまで一種の独立国家を形成した。その起源は5~6世紀の教皇たちがローマおよびその周辺の自領をサン・ピエトロ大聖堂に寄進したことに始まる。ユスティニアヌス帝のゴート戦役によってイタリアに対するビザンティン帝国の直接支配が回復された後のローマ教皇は,行政区ローマ・ドゥカトゥスの長として皇帝に対し統治上の責任を負っていたが,教会寄進地は皇帝特権によって租税を免じられた。568年から始まったランゴバルド族のイタリア侵入をラベンナのビザンティン総督は排除する力がなかったので,教皇グレゴリウス1世は,590年にローマ市の城壁にサン・ピエトロの印を付して主権者の所在を示すよう命じたというが,7世紀にはローマ・ドゥカトゥスがビザンティン政府の手を離れ,その統治権限が教皇職に受け継がれた結果,教皇はラティウム地方の主権的所有者となった。しかしこれらの領土は全イタリアの支配を目ざすランゴバルド族によって絶えず脅かされていたし,ラベンナ総督領も751年には彼らに占領された。この年教皇はピピン3世のクーデタを正当化してフランク王権に接近し,ピピンはパトリキウス・ロマノルムの称号を,ローマはいわゆる〈ピピンの寄進〉をえて領土を保全する。教皇領の確実な基礎はこのとき築かれた(756)。この寄進領はカール大帝による774年のランゴバルド族滅亡によって拡大され,トスカナ南部のビテルボ,オルビエト,ソアナと海港都市グロセット,ピオンビノそれにベネベント公領境の町々も教皇領に加えられた。カールのこの寄進領は,962年神聖ローマ皇帝オットー1世の有名な〈オットーの特許状〉によって再確認された。しかしこの特許状は皇帝の上級支配権が教皇領全体に及ぶとうたっており,また皇帝のイタリア政策と10世紀以降の封建化の進行するなかで,教皇領はイタリア貴族たちに蚕食された。
神聖ローマ帝国のイタリア支配がフリードリヒ2世の死(1250)によって弱体化した後に教皇庁はゲルフ党指導者たちの忠誠をうることによってラベンナ,ボローニャ地方を再び掌握することができたが,1309年のアビニョン移転により,教皇領はイタリアの中小貴族たちの独立の餌食となった。一方アビニョンの地は1348年8万フローリンで買い取られ,教皇庁のローマ帰還後も教皇領として残った。貴族たちに占拠された教皇領は,インノケンティウス6世が1353年教皇領総代理に任命したスペイン人枢機卿アルボルノスによってほとんど回復された。
ルネサンス期の教皇たちが教皇領の保全と拡張に熱心であったことはよく知られているが,19世紀以後教皇領の運命は大きく変わる。1808年フランスに併合された教皇領は,枢機卿コンサルビErcole Consalvi(1757-1824)の精力的な活動により23年までにほとんど復旧したが,半世紀後イタリアのリソルジメント運動で今度はイタリア王国に併合される。現在のバチカン市国が誕生したのは1929年のことである。
→教会領
執筆者:今野 國雄
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ローマ教皇を主権者とする国土。起源は5~7世紀にローマ教会の支配地となった「聖ペテロの遺産」(ローマ市を中心とするイタリア西岸)に発し,756年フランク王ピピン(小)が「五都地方」(アンコナなどの東海岸)を加えてピピンの寄進を教皇領とした。グレゴリウス7世のときトスカーナの一部を,インノケンティウス3世のときロマーニャ地方(五都地方の北)を得,最大版図に達した。フランス革命,ナポレオン時代に壊滅的打撃を受け,さらにイタリア統一運動とムッソリーニ時代に大部分の領土を失い,現代のヴァチカン市国のみとなった。
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…この結合は,カロリング朝断絶後弱まったが10世紀のオットー1世以降ふたたび強化された。カロリング家のピピンによって半島の旧ビザンティン領がローマ教皇に寄進され,教皇領の基礎がつくられたことも重要である。西ヨーロッパ全域に影響力を持つ宗教的権威が世俗的領域的な権力として半島内に存在することは,その後の歴史に大きな影響を及ぼした。…
…8世紀に入るとビザンティンの力が衰え,ローマを中心とするローマ公領は教皇の影響下に置かれた。756年,小ピピンが旧ビザンティン領を教皇に寄進し,教皇領の基礎がつくられた。9,10世紀はイスラム教徒とマジャール人がイタリアへ侵入し,ラチオにも及んだ。…
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