エウスタティオス(その他表記)Eustathios

改訂新版 世界大百科事典 「エウスタティオス」の意味・わかりやすい解説

エウスタティオス
Eustathios
生没年:?-1193から98

東方正教会の聖人,ビザンティン時代の文人コンスタンティノープルに生まれ,教育をうけ,同地の教会諸職を歴任。なかでも総主教座付属学校で修辞学を教え,古典の注釈(ホメロス,ピンダロス),釈義(ディオニュシオス・ペリエゲテスの地誌)を著す。1175年以後テッサロニケ府主教となり,自らが推進した修道院改革とかかわって神学諸論文を書いたほか,一連の弁論書簡,また,自らの体験に基づいて85年のノルマン人占領を記す《テッサロニケ占領記》をのこした。
執筆者: 彼の《ホメロス》注釈(全巻現存,著書の手稿本が伝存する最古の作品)は《抜書き集》の題名を持つが,古代アレクサンドリア,グレコ・ロマン期の代表的注釈書,辞書,文法書からの貴重な見解を集録し,膨大な資料を整理した上で《イーリアス》《オデュッセイア》の巻を追い行の順番にそれらを記入したものであり,今日でもホメロス研究の宝庫として不可欠の価値ある業績である。注釈に先立って付された序章(2編)は,古代ギリシア文化に寄与したホメロス叙事詩の貢献を詳述している。また,《ピンダロス競技祝勝歌》注釈(克明な序章部分のみ現存)も知られており,傑出した業績ゆえに彼の死は〈黄金時代最期〉と悼まれたという。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のエウスタティオスの言及

【カッパドキア】より

…また修道制はシリアの影響が強かった。セバステ主教エウスタティオスEustathiosは極端な禁欲隠遁の教えを伝えたが,その弟子で,教義上の理由から師と対立した大バシレイオスが共住制を基盤とする修道制を広めた。バシレイオスの修道規則はその後の東方の修道院にほとんど例外なく採用された。…

【修道院】より


[東方の修道院]
 オリエント諸地方の修道形態は多様であって,パレスティナのガザやユダイアではラウラlauraと呼ばれる散居修道院の形式が多かったし,シリアでは高い柱の上で苦行する柱頭行者が多く,〈シメオンの城〉と名付けられた修道院遺跡(カラト・セマーン修道院)はその一端を今日にまで伝えている。シリアの北方の荒涼たるカッパドキア地方に修道制を広めたのはアルメニアの主教エウスタティオスEustathios(300ころ‐377ころ)であるが,ここでは彼の勧めで修道士となったバシレイオスの方が歴史上著名である。バシレイオスはパコミウスと同様に集団的な共住主義と財産共有主義を修道生活の基盤とし,修道士の服従と従順および労働を重視し,それを戒律として書き残したが,この〈バシレイオス会則〉こそ東方正教会所属の修道院における基本準則となったものである。…

※「エウスタティオス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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