保守主義(読み)ほしゅしゅぎ(英語表記)conservatism

翻訳|conservatism

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

保守主義
ほしゅしゅぎ
conservatism

既存の価値,制度,信条を根本的に覆そうとする理論体系が現れたときにこれに対する対抗イデオロギーとして形成される。「保守主義の宣言」ともいわれる『フランス革命に関する省察』を著わした E.バークは,人間のあらゆる制度の基礎は歴史であり,具体的な文脈のなかで長い時間をかけて培われてきたものだけが永続性をもつため,抽象的な哲学原理に基づく革命は挫折を運命づけられているとしている。バークは決して変化を拒絶しないが,それは既存のものの漸次的改良として果されねばならないと考える。歴史的・有機的な社会秩序への人為的介入の排除とその漸進的改革が保守主義の思想的特徴であるが,これは現代の F.ハイエクや M.オークショットにもみられる考え方である。

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百科事典マイペディアの解説

保守主義【ほしゅしゅぎ】

現状の大幅な変革を望まない主義。英語でconservatismなど。なんらかのイデオロギーや原理に基づくよりも,日常的利益や生活を維持しようという精神や態度に根ざす。英国の政治思想家バークのいうように〈保守するために改良する〉のを拒まないのが常であり,現状を固定的に維持してそれを伝統や民族の名によってイデオロギー化するときは反動主義に近くなる。

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世界大百科事典 第2版の解説

ほしゅしゅぎ【保守主義 conservatism】


[言葉の成立と用語法]
 保守主義という言葉は,フランスのロマン主義者シャトーブリアンが,1818年に自分の政治雑誌に《保守主義者Le Conservateur》と命名したのが最初の使用とされている。しかし一般化するのは,イギリスで1830年代初めに第1次選挙法改正問題をめぐって,その時のトーリー党の中で,それまでの旧弊固持者というイメージを脱して秩序ある変革の擁護者としてのイメージに転換するべきだと考える人々が,〈保守党〉という名前を提唱し,それが1834年以降正式の党名に採用されてからであった。

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大辞林 第三版の解説

ほしゅしゅぎ【保守主義】

旧来の伝統・慣習・考え方などを尊重して、急激な改革を好まない主義。 ⇔ 進歩主義

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

保守主義
ほしゅしゅぎ
conservatism

保守主義ということばには大きく分けて二つの用語法がある。その第一は、保守的な政治的イデオロギーをさすもので、その最初の使用は、1818年フランスのシャトーブリアンが自分の雑誌に『保守主義者』と命名したこととされている。その後まずイギリスで1835年、ついで19世紀なかば以降ヨーロッパ各国における保守を名のる政党の成立が背景となって、この意味での保守主義ということばが一般化した。保守主義の第二の用語法は、単に政治にとどまらず、事柄はなんであれ、進歩主義に対して、現状維持的態度一般をさすもので、この場合、未知への恐怖心、過去から受け継いだ習慣への固執といった、いずれも安全への本能的欲求に根ざした、個人または集団の心理的特性を表示する概念である。この意味での保守主義は、政治的イデオロギーとしてのそれとはかならずしも必然的な対応関係はなく、心理的に保守的傾向の強い人物が、政治的には革新的イデオロギーを支持したり、またその逆もあることは、しばしば観察される事実である。しかし、日常の用語法では、この第二の意味の保守主義は、一般に「保守的」という形容詞の中心の意味として存在はしているが、それが保守主義ということばの主たる用語法ではない。保守主義の本来の用語法は、その発生源が示すとおり、政治的イデオロギーとしてのそれである。
 政治的イデオロギーの保守主義の特徴は、たとえば人権思想や社会主義などとは異なって、人間一般にかかわる普遍的理論として定式化されたことがないことである。しかも、維持されるべき現状の内容が時と所によって同じではないから思想の具体的細目はさまざまである。しかし、このことばの発生源に近い1830年代のイギリスのピールやディズレーリ(いずれも首相)においては、君主政の下にある貴族を社会の指導階層としながら民衆の福祉を増進する社会こそ調和的理想社会とされ、しかもイギリスでそれは基本的にはすでに実現されていると主張された。この主張は、産業資本主義の支配とそのイデオロギーとしての自由主義に対する伝統的支配層の拒否反応であったが、新しい産業社会の非人間性に対する批判という点では、目ざす理想社会のイメージは反対であっても、発生期の社会主義とは双子の兄弟であった。事実、両者の支持者の社会層は貴族、農民、非熟練労働者など、同じであることが多かった。
 政治的イデオロギーとしての保守主義をめぐるこうした事情は、フランスやドイツでも同じであり、そこに、ある程度理論の共通性も生まれたが、そうした共通性の起源は、さらにさかのぼって、フランス革命に対する各国貴族の反応にある。その最初の理論家、イギリスのエドマンド・バークの革命批判の書『フランス革命の省察』(1790)は、各国語に翻訳され、少なくとも19世紀中期までは保守主義の聖典とされた。バークは、革命の本質を、貨幣所有階級が自己利益拡大のため、抽象的思弁にすぎない啓蒙(けいもう)思想を武器とし、下層大衆を扇動してつくりだしている「恥知らずの純粋民主政」にあるとして非難し、それに対して、イギリスの伝統社会には、人間社会のあらゆる矛盾の調和、あらゆる徳と完成がすでに実現していると論じた。しかし、バークのこうした激しいイデオロギー的態度の底には、同時に、理性による人間の進歩に対する深い懐疑、人間は放置されれば止めどもなく無秩序に走るものであるという悲観的人間観があった。バークの時代には保守主義ということばはまだなかったから、バークは保守主義者とは自称していない。しかし、シャトーブリアン以後の保守主義は、人間観までも含めてバークに多くを負うこととなった。
 農業中心の伝統社会と貴族支配の崩壊がもはや明らかとなった19世紀中期以降の各国の保守主義は、それが新しいブルジョア支配層の現状維持のイデオロギーとなったことからして、はっきり反社会主義の主張を前面に押し出すようになった。社会主義のインターナショナリズムに反対するためにも、ナショナリズムが主張され、帝国主義政策が支持された。今日の保守主義は、アメリカその他で新保守主義とよばれることもあるが、各国に共通なのは資本主義擁護と反共主義である。しかし、その支持層は以前よりもはるかに多様化しているとみられる。
 なお、保守主義は、不可避的な変化は現実的に認めていこうとすることが多く、この点で、同じく過去にユートピアを求めながら、妥協を排してかたくなにその実現を求める反動主義とは概念上区別されるし、実際、保守主義者と反動主義者とは性格類型としてかなり異なることが多いが、両者をイデオロギーによって区別するのは容易でない。日本では両者を一括した「保守反動」という成句が1890年代からあり、またフランスでは両者が共通に伝統主義とよばれることが多いのも、理由のないことではない。[半澤孝麿]
『K・マンハイム著、森博訳『歴史主義・保守主義』(1969・恒星社厚生閣) ▽H・セシル著、栄田卓弘訳『保守主義とは何か』(1979・早稲田大学出版部)』

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世界大百科事典内の保守主義の言及

【イデオロギー】より

…この場合,イデオロギーとは集団や共同体に特徴的な一群の相互に関連し合った信念や社会的態度の総体のことを指しており,こうした信念や態度の総体をその基礎にあると考えられるパーソナリティの構造と結びつけて研究することが,その課題となっている。たとえば権威主義的パーソナリティと反民主主義的イデオロギー(ファシズム,自民族中心主義,反ユダヤ主義など)との関係(M.ホルクハイマーやT.W.アドルノの研究),保守主義ないしは急進主義的イデオロギーと剛直な気質tough mindないし柔和な気質tender mindとの関係(A.ファーガソンやH.J.アイゼンクの研究)などがそれである。なおイデオロギー論の歴史で見落とせないものとしてもう一つ,1950年代から60年代にかけてベルDaniel Bell(1919‐ )やリプセットSeymour M.Lipset(1922‐ )らによって喧伝された〈イデオロギーの終焉〉論がある。…

※「保守主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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