オプラーアルフレッド(その他表記)Oppler Alfred C.

20世紀日本人名事典 「オプラーアルフレッド」の解説

オプラー アルフレッド
Oppler Alfred C.

07の法律専門家 元・GHQ民政局裁判所法律課長。



国籍
アメリカ

生年
1893年2月19日

没年
1982年4月24日

出生地
ドイツ

経歴
ベルリン大学、ミュンヘン大学などで法律を学び、プロシア上級行政裁判所判事となったが、ヒトラー政権をきらって米国に亡命帰化。連邦政府職員を経て、1946年2月大陸法の専門家として日本に派遣され、同年11月GHQ民政局(GS)裁判所・法律課課長に就任。GHQの法律専門家として新憲法制定後の日本の諸法律改正を指導、裁判所法(’47年)、刑事訴訟法(’48年)制定などに大きく関わり、戦後“司法改革”のGHQ側の中心人物として“最高裁判所の生みの親”といわれた。占領終了後在日米軍顧問などを務め、’59年帰国、ニュージャーシー州プリンストンで自適

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む