オルミュッツの条約(読み)オルミュッツのじょうやく(その他表記)Olmütz Punktation

旺文社世界史事典 三訂版 「オルミュッツの条約」の解説

オルミュッツの条約
オルミュッツのじょうやく
Olmütz Punktation

1850年11月,オーストリアプロイセンドイツ統一主導権を争った際に結ばれた条約
プロイセン王フリードリヒ=ヴィルヘルム4世は,小ドイツ主義立場からオーストリアを除くドイツ連盟案を企てたが,オーストリアは強硬に反対し,ロシアもこれを支持したため,同年オーストリアとモラヴィアオルミュッツで条約を結んだ。これによりドイツ連盟案は破棄され,ウィーン体制にもとづくドイツ連邦復活が決定された。

出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む