カネツキ免遺跡(読み)かねつきめんいせき

日本歴史地名大系 「カネツキ免遺跡」の解説

カネツキ免遺跡
かねつきめんいせき

[現在地名]仁多町郡村 カネツキ免

三成(みなり)から北東方向へ四、五キロ離れた郡村(こおりむら)の狭い谷間に所在する奈良時代の遺跡。標高は三三二メートル。昭和五七年(一九八二)仁多町教育委員会により小範囲の発掘調査が実施された。遺構は確認されなかったが、須恵器の坏・蓋・高坏・壺・甕、土師器の坏・器台・壺、竈、装飾付きの大型円面硯、転用硯、棒のつく人形の頭部、曲げ物・杓文字などの木製品、製塩土器など多数の遺物が出土した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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