カーイム・マカーム制度(読み)カーイム・マカームせいど(その他表記)qā'im maqām

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カーイム・マカーム制度」の意味・わかりやすい解説

カーイム・マカーム制度
カーイム・マカームせいど
qā'im maqām

1840~50年代のレバノン政治制度。当時オスマン帝国支配下にあったレバノンはドゥルーズ派のイスラム教徒マロン派キリスト教徒対立が激しく,英仏の勢力争いもからんで政情は不安であった。 1842年の六国会議で,総督のもとに,両派のそれぞれのカーイム・マカーム (総督代理) をおいて両派を統治することにした。この体制は,結局 60年からの両派の武力衝突と,列強干渉によって崩壊した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む