ケードの乱(読み)けーどのらん(その他表記)Cade's Rebellion

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ケードの乱」の意味・わかりやすい解説

ケードの乱
けーどのらん
Cade's Rebellion

1450年5月末、イギリス、ケント州で起こった反乱。ジャック・ケードJack Cade(?―1450)に率いられたのでこの名がある。反徒は国王軍を打ち破り、ロンドンに進入する勢いを示したが、無法な行動が市民の反感を招き、市中から追放された。やがて国王が反徒を赦免する方針を示したので反乱軍は解散し、なおも抵抗を続けたケードは、7月12日州長官の手で殺された。乱の原因は、ヘンリー6世の高官、とくに反徒が処刑した財務長官の圧制にあることは確かであるが、反徒の社会層や綱領などは明らかでなく、単なる農民一揆(いっき)か地方小領主層の政治運動かは断定しがたい。また、ケード自身についても、アイルランド人説、医師説、ウェールズ辺境伯家とつながる名家の出身説などがある。

松垣 裕]

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