コンベントゥアル会(読み)コンベントゥアルかい(その他表記)Ordo Fratrum Minorum Conventualium

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「コンベントゥアル会」の意味・わかりやすい解説

コンベントゥアル会
コンベントゥアルかい
Ordo Fratrum Minorum Conventualium

フランシスコ修道会三大会派の一つ。日本では聖母騎士修道会とも呼ばれる。人々がフランシスコ会に寄進した聖堂修道院を聖フランシスコの死後 1250年教皇インノケンチウス4世がコンベントゥアル (共住院) と名づけたことに由来する。この一派はその名によってフランシスコ会内の厳格主義派とそのあとをうけた原始会則派より区別されて緩和された清貧の立場に立ち,1415年コンスタンツ公会議でその名が確立したが,1517年原始会則派が小さき兄弟会 (いわゆるフランシスコ修道会) として独立するまで,この会の主導のもとにフランシスコ修道会の統一が保たれていた。しかしこの後コンベントゥアル会はそれまでの優位を失い,一時はその首長も総会長の名を失った。 1619年にはカプチン会が独立。多くの高位聖職者,哲学者,神学者,音楽家を輩出。黒の修道服をまとうのでコンベントゥアル会士は黒のフランシスコ会士と呼ばれる。 1930年ポーランド人司祭が来日,以来活動を続けている。

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