コーボ(読み)こーぼ(その他表記)Juan Cobo

日本大百科全書(ニッポニカ) 「コーボ」の意味・わかりやすい解説

コーボ
こーぼ
Juan Cobo
(1546?―1592)

ドミニコ会士。スペインのアルカサール・デ・サン・フアンに生まれる。フィリピンの聖ロザリオ管区創立者の一人として、メキシコを経て1588年マニラに到着し、中国語を学び長足の進歩を遂げた。1592年(文禄1)豊臣秀吉(とよとみひでよし)よりフィリピンへ臣下の礼と入貢を促す書状がきたが、その真意を確認するため、フィリピン総督ペレス・ダスマリーニャスGómez Pérez Dasmariñas(1519―1593)より同年日本へ派遣された。肥前名護屋(なごや)にて秀吉に謁見し、その親書を携えて帰国する途中、船は台湾沖にて難波し、台湾の原住民によって殺害された。

[宮崎賢太郎 2018年2月16日]

『アルヴァレス・タラドゥリス編、佐久間正訳「秀吉宛ドミニコ会士パードレ・フライ・フアン・コーボの外交使命に関する補足」(『キリシタン研究』第15輯所収・1974・吉川弘文館)』

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