ザンクトヤコプの戦い(読み)ザンクトヤコプのたたかい(その他表記)Battle of Sankt Jakob

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ザンクトヤコプの戦い」の意味・わかりやすい解説

ザンクトヤコプの戦い
ザンクトヤコプのたたかい
Battle of Sankt Jakob

スイスにおいて前チューリヒ戦争 (1436~56) 中にザンクトヤコプと呼ばれる同名別所で行われた2度の戦い。 (1) スイス東部のトッゲンブルク伯領獲得をめぐるシュウィーツ州との争いに敗れたチューリヒ州は,1436年シュウィーツへの経済封鎖を行い,オーストリアに支援を求めた。シュウィーツに加担したスイス誓約同盟 (→八州同盟 ) 諸州は事態の打開をはかるため,チューリヒに説得を試みたが聞き入れられず,43年ついにチューリヒを包囲した。このとき,7月 22日ジール川付近で行われた戦闘でチューリヒが敗北したが,これをジール川沿いのザンクトヤコプの戦いという。 (2) 上記の戦闘に劣勢を感じたオーストリアはフランスに援軍を依頼した。フランスは3万人の傭兵隊をバーゼルに進軍させ,バーゼル郊外のビルス川付近で槍兵を主力とする 1500人のスイス歩兵を壊滅したが,スイス侵略には失敗した。 44年8月 26日に行われたこの戦いをビルス川沿いのザンクトヤコプの戦いという。 50年チューリヒは同盟復帰を許された。

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